2020年11月22日

            「礼拝と宣教-Ⅲ」

        〈ローマの信徒への手紙 10章4~21節〉
 宣教という言葉によく似た言葉に、伝道という言葉があります。
伝道は「派遣する」という意味の、宣教活動の特別な形態を指す言葉です。
今朝の箇所は、パウロが伝道することの大切さを強調している箇所です。
今日お話したいことは、「わたしたちが伝道したからその対象になった方が救われたのではない」ということです。
長い間、キリスト教会は、神がまず教会を救い、教会がこの世の人々を救うと考えてきました。
ヨーロッパ植民地主義が始まると、「蛮人」を救う為にヨーロッパのキリスト教国は全世界に伝道を開始しました。(先住民には迷惑な話です)
植民地の争奪戦であった第2次世界大戦後、戦後アメリカから派遣された宣教師、・・・マッカーサーは日本が共産主義化することを恐れて、2000人の宣教師を送りこみました。そうでない宣教師もいましたが、多くの宣教師たちにとって、日本人は教え導くべき人々、文明や礼儀を知らない人々でした。「文明や礼儀を知らない」と言っても、アメリカ式の文明や礼儀を知らないだけのことなのですが。日本人はれっきとした文明も礼儀も持っていたと思います。
「キリスト教は世界で最も高度な宗教である」という思想が生まれたのも植民地主義の時代です。
  『アリストテレスとアメリカインディアン』(L.ハンケ 1974 岩波新書)という本にはロシアからアメリカ大陸に派遣された、面白い宣教師の話が載っています。
その宣教師は、先住民(アメリカインディアン)を伝道する為に来て、彼らの社会に入り込んだのですが、その宣教師は本国宛て報告書に、「インディアンの生活や社会を見ると、われわれが目指す神の国が実現されているから、もう彼らにキリスト教を伝道して救う必要はない」と報告しています。
 今朝は、2回に亘って紹介した1961年の教団の宣教基本方策と63年の宣教基礎理論の、神学的根拠である、「神自らの宣教(Missio Dei)」の神学を説明したいのですが、さっきのロシアから派遣(ミッション)された宣教師の話は、「これで十分だ」と思えるほどMissio Deiを説明できています。
でも、もうちょっと説明します。
Kバルトはすでに1922年に発表した『ロマ書講解』で下記のように書いています。これは異邦人について書かれている箇所です。
「彼ら(異邦人)が、われわれの『神の言葉』にかくも無頓着なのは、彼らが早くからわれわれなしにそれを聞いているからであり、早くから自分自身でそれを告知しているからである。世俗者や非聖者や無信仰の者が赤裸々の惨状にいながら、あるいはまた自由な明朗さの中に暮らしていながら、われわれの説教や牧会の対象にはならず、われわれの福音化運動や宣教や弁証や救済運動の対象とならず、またわれわれの「愛」の対象とならないのは、われわれが立ち上がって彼らを憐れむよりずっと先に彼らが神の憐憫によって捜し出され、すでに神の義の光の中に立ち、既に赦罪にあずかり、すでに復活の力と服従の力とを分有し、既に永遠を恐れ、また既に永遠に望みをかけ、既に実存的に神に身を投じているからである!」(吉村善夫訳  p.442)
 わたしたちが「まだ救われていない人」に「憐れみの」救いの手を差し伸べるずっと前に、神は、その人を神の光のうちに、神の恵みのうちに入れられて

いるのです。
920〉にある預言者イザヤの言葉も、「彼ら(異邦人)は、わたしの伝えたいことをすでに知っていて神の救いの中に存在していた」という意味です。
1014〉には、こう書かれています。これが、わたしたちが伝道をしなければならない意義です。
 つまり、この世界の人々は、「わたしは存在する価値のない人間だ」とは思っていても、その人は神に愛され、その存在をありのままでよしとされているとは気付いていません。
 わたしたちは、そのことを伝える必要があるのです。必ず何人かの人たちは「みんなはわたしのことをそう思ってはいないし、わたし自身もそう思わないけれども、神様がそういわれるのであれば、アーメン(その通りです)」と言ってくれると思います。


2020年11月15日

              「礼拝と宣教-Ⅱ」   
              〈ローマの信徒への手紙 12章1~2節〉
 礼拝と宣教は、それぞれ別の小部屋において考えられてきました。不幸なことに、教会においては、このふたつが統合できず、分裂をしてしまうことがありました。
 
宣教に関心を示さない一方のグループは、宣教を一種の行動主義者としか考えません。あるいはせいぜい礼拝のわざの副産物としか考えません。この時、キリスト者の集団は、宗教的演技を行うにすぎない集団となり、関心をこの世ではなく、自分の教会員にだけ集中し、社会全体に対してはほとんど責任を覚えません。 
  他方、礼拝に関心を示さないグループは、礼拝を外向きの姿勢に対照的な祭儀的内向性としか考えません。この時、このグループは、自分がキリストの僕であることを忘れて自己賞賛を起こします。(『現代における宣教と礼拝』 (“orship and Mission”1966 J.G.デーヴィス)
 『日本基督教団史資料集』は、196110月に教団常議員会で可決された「宣教基本方策」を解説してこう書いています。
「この『宣教基本方策』は、教団が一九五〇年代に莫大な外国資金により伝道したにもかかわらず、福音が大衆に浸透しないし教団の教勢は伸びないという反省から出発し、日本の宣教第二世紀に向かう教団の基本方策を打ち出そうとした。それは、すべての人々への宣教の責任を果たす教会、この世に奉仕する教会の形成ということであった。そこで強調されたのは、自己中心的な殻を破り社会的責任を負う教会への『体質改善』と、地域社会に対して連帯的に働きかける『伝道圏伝道』ということであった。」(第5編 p179)
 礼拝と宣教は、イエスにおいて分裂はしていませんでした。礼拝と宣教という小部屋に「奉仕」という補助線を引いて考えてみます。旧約聖書においては「奉仕」(service)という言葉は、「務め」と訳されて祭司やレビ人が守るべき儀式的な任務を示していました。しかし、イエスによって「奉仕」という言葉の意味は大転換をします。奉仕とは、人々に仕えることを指すようになったのです。奉仕の現場が礼拝から外に、わたしたちの日常生活に転換したのです。〈ディアコニア憲章、マタイ253140
 今朝の箇所は、「自分の体を聖なるいけにえとして献げなさい。これこそあなたがたの成すべき礼拝である」と書かれています。
 わたしたちが神に献げる礼拝の場所はどこか。日曜日の午前中だけではないのです。毎日の日常生活が、わたしたちの、神にそのからだを献げる礼拝の場所なのです。

2020年11月8日

         「礼拝と宣教-Ⅰ
          〈創世記181633節〉
 旧約聖書に登場する都市は現在もその地名のまま存在している場合がたくさんありますが、死海の沿岸にあっただろうと思われる、ソドムとゴモラの街は存在していません。
 死海南岸の湖底に都市の遺跡が発見されていて、ソドムとゴモラの街は火山活動によって死海に沈んだと考えられています。
 ソドムを語源とする「ソドミー;同性愛」は偏見に満ちた解釈です。〈エゼキエル書1649-50〉にある「お前の妹ソドムの罪はこれである。彼女とその娘たちは高慢で、食物に飽き安閑と暮らしていながら、貧しい者、乏しい者を助けようとしなかった。」という指摘が正しいでしょう。
 今朝の箇所のメッセージは、「少数であることを恐れるな」です。アブラハムは自分が塵芥にすぎないことを強く自覚しています。しかし、彼はソドムを滅ぼそうとする神に必死になって「ソドムを滅ぼさないで欲しい」と交渉をします。
 京葉中部教会の建物は、わたしたちの教会の姿勢を良く表現していると思います。ひとつは外にむかって大きく開かれた玄関と礼拝堂の窓です。わたしたちの教会は「煩わしき世をしばし逃れる」場所ではありません。この世の煩わしさがどんどん持ち込まれることを覚悟している教会です。
 この世のすべての方々と共に主の宣教の業を、つまり主が既にこの世にされている平和と自由と平等を共に享受したいからです。
 京葉中部教会が設立する前年(1961年)に日本基督教団が策定した「宣教基本方策」、特に教会の体質改善をわたしたちの教会が忠実に実行してきたことは、今後も継続されるべきものと考えます。
 会堂を建てたことによって、わたしたちは建物の維持や管理するさまざまな課題に直面するでしょう。これはこれでみんなで楽しみましょう。
 そして、目を大きくこの世に向けましょう。日本社会に於いてたった1%弱、少数であることは何も問題がありません。わたしたちは地の塩・世の光〈マタイ513f〉なのです。
 アブラハムが神様に向かってソドムとゴモラを滅ぼすことは待ってほしいと執成したように、わたしたちもこの世に在って神に執成す働きをしたいものです。

2020年11月1日

                   「永遠のすまい」
               〈2 コリント信徒への手紙5章1~10節〉
  今朝は永眠者記念礼拝の日です。これはもともとカトリック教会で定められた行事で「聖徒の日」と呼ばれていました。 聖人、有名な人たちを挙げると、サンタクロースの原型であるStニコラウス(126日)Stバレンタイン(214日)。そんな風に「この日は○○の記憶日」としていたら、聖人とされる人が365人以上になってしまった。それで、カトリック教会は、ひとまとめにして11月の第1週に「聖徒の日」として祝おうということになったようです。
 今朝の聖書の箇所は、パウロという人がギリシャのコリントという町にある教会に書いた手紙の一部ですが、「地上の住処である幕屋」と「天にある永遠の住処」という言葉でふたつのわたしたちの住処が示されています。
 「天幕」とは、テントのことです。ユダヤ人たちは伝統的に遊牧民としてテントで暮らしていました。ここで言う天幕は住居というくらいの意味です。
 「永遠の住処」とは、天国のことです。わたしたちが亡くなった方に「また天国でお会いしましょう」と呼びかける天国のことです。天国はどこにあるのか。空のず~っと上のほうにあるのか。
 天国は、この世で重荷を負うて歩むわたしたちの「天国はある」と信じるわたしたちの心の中にあるのです」
 人の死は、すべての終わりではありません。神が、その人の命を永遠に引き受けで下さるのです。亡くなった方々のよみがえりはあります。
 イエスが十字架につけられた後、弟子たちは「これでイエスのグループは解散」と思い、それぞれに故郷へ帰り始めました。
 二人の弟子は故郷に向かって歩き始め、エルサレムからちょっと離れたエマオという村で、復活されたイエスに出会いました。しかし、二人の弟子は、一緒についてきたその男がイエスだとは気が付かなかったのです。一緒に本人の目の前でイエスについて話をし、「一緒に泊まりましょ」と誘いました。しかし、一緒に食事をしている時に目の前にいる人がイエスだと、ようやく気が付いたのです。
 その時、二人は「道で話しておられるとき、わたしたちの心は燃えたではないか」と言います。
亡くなった方々を思い出す時、わたしたちの心が燃える時があります。その時が、亡くなって今は天に在る方々が、わたしたちの心によみがえった時であるとわたしは思うのです。

2020年10月25日

                              「川を渡る」
                    〈ヨシュア記3章9~17節〉
 エジプトの荒野を彷徨って、イスラエルの民は、とうとう約束の地カナン(わたしたちがパレスチナと呼んでいる地域)にたどり着こうとしています。
 エジプト脱出のリーダーであったモーセは、カナンに入ることはできずヨルダン川の東に葬られています〈申命記34章〉。今朝の箇所は、イスラエルの民がいよいよヨルダン川を渡る記事です。
 ヨシュア記の概要は、イスラエルの民によるカナン占領物語です。〈10節〉にあるカナン先住の人々を侵略・占領する物語です。ヨシュア記に多民族への侵略・占領への反省はありません。(史実は違います。B.. 1200年頃までに、イスラエルの民は分散してチグリス・ユーフラテス流域からパレスチナに移動しカナンの人々を避けて山地にかろうじて定住し始めたと考えられています。)しかし、侵略・占領への反省がないからヨシュア記を根拠に1948年の80万人のパレスチナ人たちを難民としたイスラエル建国を正当化することはできません。
 注意したいのは、この記事がいつ書かれ、読まれたのかです。ヨシュア記(D資料)は、ユダヤの国が無くなるかもしれない危機の中で書かれ、読まれたのです。ヨシュア記は侵略と占領の時代に、これを正当化するために書かれたものではありません。疲弊する民を励ますために書かれたものなのです。
 ヨルダン川を渡ろうとする民の先頭に契約の箱が進みます。モーセがシナイ山で神から下された十戒が刻まれた石が入れられた箱です。イスラエルの民が闘いに臨むとき、契約の箱は共に在って、神が共におられることを人々に知らせたのでしょう。
 神が共におられることを確信する時、わたしたちは、その先に何があろうとも前進することができます。神が共におられることを忘れた時、わたしたちは頼りになるのは自分だけなので不安になり、歩みは停滞します。わたしたちがした会堂建築も、同じことが経験されたのではないでしょうか。
 聖書は〈歴代誌下 353節〉を最後に、契約の箱への興味を突然失います。それで良いのです。目に見えるものはあてにならないのです。大神殿さえも神の居場所ではないのです。わたしたちは天に住まう神の大いなる救いの業のみを証して歩みを続けたいものです。

 

 

2020年10月18日

               「断食問答」 
                 〈マルコ福音書 21822節〉
 信仰者として敬虔であることは必要であると思います。自分の敬虔さを確認するために、あるいは表現するために禁欲的になることも否定はできないと思います。 
 今朝の箇所のテーマは、バプテスマのヨハネのグループが登場し、彼らとの対比が強烈であるので、「われわれは禁欲的になるべきか、否か」 とのテーマであるかのように読めてしまいますが、今朝の箇所が負うている課題は、(つまり、今朝の箇所の「生活の座」は)、「最初の教会に存在していた排除主義をどう克服するか」なのです。
 誰を排除する問題があったのか。罪人を、異邦人たちを排除する問題です。最初のキリスト者たちの多くはもともとユダヤ教徒でした。律法を厳格に守り、安息日を守り、割礼を守っていました。ユダヤ教の教えによれば、取税人〈213以下〉は罪人でした。異邦人も罪人でした。
 しかし、イエスをキリストと信じる教会において、罪人とされてきた人々と共に教会を作り、罪人とされてきた異邦人と共に教会をつくる新たな課題が生まれたのです。最初の教会において、「罪人たちとは一緒に礼拝をし、一緒に食事はできない」という人々が登場したのでしょう。この問題をイエスと人々〈218〉との問答で解決しようとしているのです。
 イエスはその批判者たちに一連の類比をもって答えています。第一の類比は、花婿と婚礼の客の類比です。「花婿(イエス)が一緒にいるのに婚礼の客(教会の信徒たち)は断食ができるのか」
ここで注意したいのは、初期の教会はユダヤ教徒の習慣である断食を守ろうとしてたのです。

 

 イエスは、第2の類比において断食を行っている人も擁護しています。断食をするか否か、禁欲的になるか否かはたいして重要な問題ではないからです。
 イエスはさらに続けて、新しい葡萄酒とそれを入れる革袋の類比を行っています。
 新しい葡萄酒とは、イエスがキリストであるという新たな信仰です。それを入れる革袋とはイエスを信じる群れであるキリスト教会のことです。継ぎ当てをしながら〈221〉、つまりユダヤ教徒としての信仰に修正(継ぎ当て)をしながらキリスト教会を形成するか、否か。
 京葉中部教会は、設立の初めから「ノンクリスチャンの人々とは一緒に宣教活動はできない」とは言ってきませんでした。
 わたしたちの教会は、もうすでに主が宣教の業をされてわたしたち全てに祝福と恵みを下さっている、これをすべての人々と確認し分かち合い、主の宣教に参与することを継続する。今日、もう一度、これを確認したいと思います。

2020年10月11日

              「いつも喜びなさい」 
 
            〈1テサロニケ信徒への手紙 51228節〉 
 聖書を読む時には、「著者はどのような状況に在って、何の必要があってこれを書いたのか(生活の座)」を探ることが大切ですが、パウロは今朝の箇所の〈14節以降〉を教会のリーダーたちに書いているようです。(牧師という役割はまだ教会に存在していません。「長老」はパウロの用語にありますが、その言葉は今朝の箇所に使われておらず「導き戒めている人々」〈512〉と書いています)
 今朝の箇所には導き戒めるべき人たちについて「怠けている者」「気落ちしている者」「弱い者」が挙げられています。
「怠けている者」は良い訳ではないようです。ギリシャ語アタクトイは、「反抗する者」という意味で、導きと戒めが存在すれば反抗が存在するのは当然です。
「気落ちしている者(オリゴプシコス)」はそのまま理解して良いと思います。〈イザヤ354
 「弱い者」とは、常識に囚われてしまい自由ではない者という意味です。例えば律法にある食物の制限に囚われて何でも食べることができない人のことです。〈コロサイ220〉。
 〈1622節〉の7つの命令句は、各節の最初がギリシャ語πから始まっていて、整った「教え文書」の初期のかたちなのではないかと言わています。
 その冒頭、「喜んでいなさい」〈16節〉。「文句を言いなさい」ではありません。パウロはテサロニケ教会の様子について報告を受け、テサロニケ教会にもいろいろ問題はあるのだろうけど、「喜んで」います〈12167320〉。これは牧師としては良く分かる勧めです。パウロはテサロニケ教会に文句を言う箇所ではなく、喜ぶ箇所を見つけようとしているのです。そこに神の働きを見出し、神に祈り、感謝しているのです。

 〈1920節〉は、先週お話した再臨の時が遅れていることについて、その教えを否定する者が(預言を否定する者が)現れたことを心配しているようです。「聖霊とは、神と人間を真理で結ぶものである」(Kバルト)。パウロは「霊の火を消すな」と教えていいます。 
 教会を導き戒めるのは、人間である誰かではなく神です。パウロがテサロニケに伝道に入った時、テサロニケの教会の人々がパウロの言葉を「人の言葉ではなく、神の言葉として受け入れ」〈213〉たように、テサロニケの教会は、この手紙に神の言葉を見出したのでしょう。

2020年10月4日

 「主の日は来る」      〈1 テサロニケ信徒への手紙5章 1~11節〉
 最初の教会には、強い再臨(イエスが再び来られること)の信仰が存在していました。福音書が書かれた理由は、イエスの再臨がすぐにはありそうもないと皆が思い始めたのでイエスの記録を残そうと思ったからだという説もあります。
 パウロは、テサロニケ教会宛ての手紙をA.D.5052年頃にコリントで書いたと考えられています〈使徒言行録18:1-5〉〈1テサロニケ3:6〉。
 先週の箇所は、パウロが「死者たちがキリストの再臨の時によみがえることができるのか」という質問に答えていますが、今朝の箇所はキリストの再臨の時期についてです。(これもテサロニケの信徒たちから質問されたのでしょう)
 パウロは将来的終末論でもあり、現在的終末論でもあります。パウロは、再臨の時が、即ちイエスが再び来られる時が、すぐに来ると信じています。では、再臨の時はいつくるのか。パウロと福音書によればいつ来るのか分からないと書いてあります。そう読むと「将来的終末論か。終末論は将来についての言説なのだから、そう読むのは当たり前だ」と思います。
 しかし、今朝の箇所では再臨の時は必ず来ると信じて歩みなさいと書いてあります。「あなたがたは暗闇の中にいるのではなく」〈54〉、「光の子、昼の子」〈55〉なのだから。
 どんなに暗闇の世に在っても、あなたがたは、主が照らされる光の中に生きていなさい。パウロはそう言っています。〈59〉こうなると現在的終末論だと言うことができます。
 例えば、差別の全くなくなる日がくるのか。軍備と戦争がなくなる日がくるのか。わたしは必ず来ると思います。これはそう信じているという信仰の内容、希望のもちようです。(将来的終末論)。パウロは、これを「救いの希望を兜として」〈58〉と表現しています。
 差別することの反対概念は何か。わたしは尊敬することだと思います。〈513〉他者を差別しながら生きるのか、他者を尊敬しながら生きるのか。わたしは他者を尊敬しながら生きようと思います。軍備と戦争の反対概念は何か。わたしは「悪をもって悪に報いる」〈515〉ことではなく、善を行うことだと思います。(現在的終末論)。パウロはこれを「信仰と愛を胸当てとして」〈58〉と表現しています。みなさん、将来への希望をもちつつ、今、主の光に照らされている者に相応しく、すべての人と励まし合いながら歩みましょう。

2020年9月27日

 「からだのよみがえり」   〈1テサロニケ41318節〉

 おそらくテサロニケ教会の信徒の一人が亡くなったのでしょう、パウロは教会の人々を慰めるだめに今朝の箇所を書いています。
 しかし、その内容はわたしたちにはちょっと理解しがたいものです。
BRガヴェンダという人が書いた注解書にはこうあります。
「現代のキリスト者は1~3章の親しげな言葉は取り入れるかもしれないし、〈4112〉の倫理的教えは歓迎する(あるいは少なくとも我慢する)だろう。しかし、(今朝の箇所の)天国は上にあり、そこには降ってこられるイエスが居られる。耳慣れない大きな音が彼の訪れを告げ、信仰者たちはイエスに出会う。現代の読者にとって、これは慰めの言葉ではなくおとぎ話の言葉である」
理解し難いのは、「既に眠りについた人たち」〈13,14節〉が「復活する」という記述です。

亡くなった方のからだ(体)の蘇りなど、あるのか?
聖書に登場する「からだ(体)」という言葉の意味は、日本人が日常的に使う「からだ」という言葉と少し違いがあるので、ちょっと説明しなければなりません。
 聖書に日本語で「からだ」と訳されている言葉は、原典のギリシャ語で「サルクス」と「ソーマ」という二つの、意味が違う言葉が使われています。
 サルクスは目に見え、重さがあり、かたちがある肉としての体です。死ねば朽ちてなくなる存在です。
ソーマは、目に見えない体です。
J.A.T.
ロビンソンは、こう言っています。
 「人間がからだを持っているのではない。人間がからだなのである」
わたしは、ソーマとは、その人の生き方、あるいは生き様という内容を持っている言葉であると思います。
 パウロは、「あなたがたには、死んでも朽ちてなくならない体というものがある」と言っているのです。つまり、「あなたがた(キリスト者の)生き方には、あるいは生き様には、あなたがたが死んでもなお残る体がある」と言っているのです。
 エジプトにもよみがえりの信仰はありました。でも、ソーマという理解は無かったので、蘇った時に肉(サルクス)が残っているよう、遺体をミイラにする必要がありました。
 サルクスが滅びてもなお残るキリスト者の体(ソーマ)は、どこに残るのか。
ソーマは、この世に、わたしたちの「生き方」に残るのです。
ソーマは、神様の業に参与し続けるわたしたちの生き方に残るのです。 

今朝の箇所は、葬儀や記念会で良く読まれる箇所です。その人を記念する(覚える)とは、パウロによれば、その人の生き方が、神の救いの業の歴史に位置づけられることです。
先のBRガヴェンダは注解書でこう書いています。
「あらゆる教会に共通の一つの関心事は、悲しんでいる者を慰めることである。
パウロの時代の文学や手紙に特徴的なことは、適度の悲しみという強迫観念である。過度に悲しむことはみっともない、とされるので、文学や手紙の著者たちは、死は避けられないもので、受け入れなければならないという説得によってその悲しみを薄めようとする。
2000
年間、その戦略は変わってはいない。人々は、死んだ者たちはよりよい場所へ行ったのだと考え、その人はもう苦しむことはないだろうと言い、あるいは、その人は天国からわたしたちを見守っていると語ったりする。
しかし、パウロは驚くほど違った戦略をとる。彼は死んだ者たちを、神はこの世において何をなされるのかという文脈の中に置く。彼らの物語は(亡くなった信徒たちの生涯は)神の物語の一部として意味を持ち始めるのである」
パウロは今朝の箇所で、あの人は、神の救いの物語を語っていたではないか。あなたがたは同じくその神の救いの物語を信じて、神の救いの歴史の中に歩んでいるではないかと言っています。
そして、イエスが再びこの世に来られる時、神の救いを信じていたあの人たちは、イエスと共に蘇るのであるとテサロニケの信徒たちを励ましたのです。
死はわたしたちのたたかうべき相手です。
そして、死は、神様にとっても、たたかうべき相手なのです。
神は、わたしたちの人生を、死によってむなしく終わらせません。
神は、イエスが再びこの世に来られる時、わたしたちを蘇らせ、わたしたちの人生を、死によってむなしく終わらせることはないのです。

2020年9月20日

                                           「キリストの住まい 」 
                               
 〈エフェソの信徒への手紙31421節〉
 〈エフェソの信徒への手紙〉は、本当にエフェソの教会に宛てたものなのか、疑問視されています。初期の写本には〈11〉にあるようなエフェソの地名がありません。
 そして、この手紙は本当にパウロが書いたものなのかも疑問視されています。パウロは彼としては異例の3年間の長きに亘ってエフェソに滞在したのですが〈使徒言行録2031〉、この手紙にはその3年間のことが一切書かれていません。ですから、使徒言行録に書かれてあるパウロのエフェソ滞在の様子は、今朝の箇所を読む参考にはなりません。
 この手紙の著者はパウロを名乗ってはいますが、〈コロサイの信徒への手紙〉を書いた人と同一人物だろうと思われます。二つの手紙には共通する用語がたくさんあります。
 この書簡の著者は、強く教会の一致を望んでいたことは確かです。おそらく、これがこの手紙が直面する課題だったのでしょう。
 キリストの住まいは、「あなたがたの心の内」〈317〉であると言っています。「あなたの」ではなく「あなたがたの」と書いてあるのは「教会の」と同じ意味です。
 この書簡の著者は、「キリストがわたしたちの心の内にある」と同じ意味ですが、「愛に根差し」「愛にしっかりと立つ者としてくださるように」と言っています。この述語の主語は〈316〉にある「御父(神)」です。「神がわたしたちをそのようにして下さるように」という意味です。
教会の一致には、わたしたちの努力に先立って神の業が働いているのです。(「その霊により、力をもって」〈316〉)

318〉以降は、「キリストの愛が」即ち「神がキリストの生涯において示された、わたしたちへの愛が」どれほど測りがたいものであるかが書かれています。
 「キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるか」〈318〉は、「それを測ることはできない」という意味です。「広さ、長さ、高さ、深さは○○センチメートルです」と言うことができるとすれば、それは「母親の涙は、水分〇%、塩分〇%」と言っているようなものです。重要なのは、神とわたしたちとの関係性です。神がわたしたちをどれほど愛されているかを、わたしたちがどれほどに自覚しているのか。著者は、ここに教会の一致を成すカギがあるとみているのです。

2020年9月13日

2020年9月6日

             「断 罪 」

               〈ヨハネ福音書7章53節~8章11 節〉

 今朝の箇所は、余りに有名で皆に印象深く覚えられている箇所です。しかし、注解書はこの箇所に重大な意義を見出してはおらず簡単に注解を済ませています。

 というのは、今朝の箇所全体はカッコで括られていますが、9世紀以前の写本にはこの箇所はないのです。この箇所は9世紀頃に付け加えられたものと考えられています。

 この物語はいろいろと疑問が生じる物語です。まず、姦通罪はモーセの律法(十戒、レビ記2010、申命記2222)によれば、男女とも刑罰を受けることになっていますが、今朝の箇所で問題になっているのは、女性の「罪」だけです。もっと問題なのは、ヨハネ福音書全体においてイエスは、わたしたちに「あなたがたは(罪に定められているが)罪人ではない」と言われているのに、〈11節〉で「もう罪を犯してはならない」と言っています。この言葉はヨハネ福音書全体の文脈を乱しています。 

 イエスは、女性を取り囲む人々すべてを「罪あり」と断罪することによって、この女性の罪を免じているように読んでしまいますが、9世紀にこの物語がつけ加えられた理由は〈15節〉にある「あなたがたは肉に従って裁くが、わたしはだれをも裁かない」という言葉(752節から812節に飛んで今朝の箇所を読み飛ばすと意味が通じます)を説明するためのものだと解釈されています。物語のモチーフは〈ダニエル書13章〉の「スザンナの物語」から採用されたのでしょう。

 新約聖書全体において、イエスが「あなたがたは罪人だ」と断罪する場面はマタイ福音書の自分たちは正しいと思い込んでいる律法学者に対する2か所を除いて存在しません。イエスは罪人とされている人々(取税人や遊女や病気の人々)に「あなたがたは罪人だとされているが、実は罪人ではない」と宣言されるだけなのです。

 

 ですから、〈11節〉の「もう罪を犯してはならない」というイエスの言葉をヨハネ福音書の文脈に合わせて好意的に解釈すれば、「罪人を発見したがっている人たち(主に律法学者のおじさんたち)に気を付けて、罪人だと言われないようにしなきゃね」と言われたのかもしれません

2020年8月30日の礼拝は信徒の証礼拝でした

2020年8月23日

                                     「神からの真理」

                   〈1 コリント2章11節~3章9節〉

 今朝の箇所の前半、2章はパウロが「霊」についていろいろと語っています。そして後半の3章は、パウロがなぜ霊について語らなければならなかったのか、その事情が分かる箇所です。 パウロとコリントの教会が直面している事情とは、教会の分裂です。初代の牧師パウロを支持する派と後任の牧師アポロを支持する派に分かれてしまっていたようです。

 パウロは、今朝の箇所でパウロ派、アポロ派のどちらが正しいのかを判定しようとしているのではありません。この2派は、(あたりまえの話ですが)どうも「わたしのほうが正しいのだ」と言い合い、(ここからが問題です)、わたしたちがなぜ正しいのかというと、わたしたちは神からの霊によって示されたことを言っているからだと言い合っていたのです。 双方とも神は正しい方であるとは信じています。そして、わたしたちの主張は神の霊によって示されたものであるから、わたしたちの主張が正しいのだと言い合っていたのです。こうなると、どれくらい熱狂的な信者であるかの勝負になってしまったようです。

 3章に入って最初の4節は、パウロが成人vs幼児、固い食物vs乳という比喩を用いて霊的な発達について述べ、等級をつけることができるかのように思わせる箇所です。パウロは霊的成熟度の分類をしているのではありません。信仰的熱狂者に対して「自分たちは成熟し、霊的であるとしているようだが、気の毒だが、実はあなたがたは未熟で(霊の反対概念の)肉に属している」と非難しているのです。「お互いの間にねたみや争いが絶えない以上、あなたがたは肉の人であり、ただの人として歩んでいるということになりはしませんか」〈3節〉。

  使徒言行録が伝えるようにイエスが天に上り、そして、弟子たちに聖霊が降りました。神の業を証する弟子たちが「的外れ」にならないためにです。教会とは聖霊が降る場所です。では、教会は真理を体現している場所かというとそうではありません。聖霊の働きとはわたしたちを真理に向かわせようとする働きです。

 〈2:16〉「だれが主の思いを知り、主を教えるというのか」(〈イザヤ40:13〉の引用)

真理の前に「わたしたちは正しい」と言い張ることはできません。わたしたちは、ただ「なにが真理であるか」と探究する者の群れです。そして(2:16では「しかし!」)パウロは、対立する両派を、ただキリストに向かわせようとするのです。神の知恵はイエスの死において決定的に表れたからです。

 

2020年8月16日

                「この世に囚われず生きる」 

                 〈1 ヨハネの手紙 5章 1~5節〉

 〈ヨハネの第一の手紙〉は、言葉遣いや内容から第二・第三の手紙と同じ著者によるものであって、この三つの書簡の著者は伝統的に福音記者のヨハネ、同時にイエスの弟子ヨハネであると考えられてきました。

ヨハネは今朝の箇所において「この世に囚われず生きよ」と勧めています。

 今朝の箇所においては、「世に打ち勝つ」という言葉が3回繰り返されています。この言葉は「勝利を得る」(NRSV)という風にも訳される言葉です。

わたしたちは、何によって世に打ち勝つのか。「勝ち組」という言葉があるそうですが、それば、お金がたくさんある生活をしている、あるいは高い地位に在る人という意味のようです。

ヨハネが言っている「世に打ち勝つ」こととは、お金があること、他者を支配する権力があることではありません。真理に生きることです。イエスがゲッセマネの園で逮捕される直前に「わたしはすでに世に勝っている」〈ヨハネ福音書16:33〉と言われたように、囚われの身であっても真理に生きることが、今朝の箇所に言う「世に打ち勝つ」という生き方です。

 今朝の箇所でイエスを神の子と信じる者は、世に打ち勝つことができる〈5:5〉と書かれてありますが、イエスはこの世においてはローマ帝国に処刑された敗北者です。しかし、ヨハネはそのイエスがメシアであると信じる者こそが神から生まれた者であり、この世に打ち勝つことができるのだと言っているのです。

 南アフリカのアパルトヘイトは、法律によって住む場所、食事をする場所、学ぶ場所等ありとあらゆる事柄が白人と非白人とに分離され、黒人には選挙権はなく、給与は白人の20分の1から6分の1でした。長い長い人種差別と人権回復のたたかいが続きました。

 ヨハネスブルクの大司教であったD.ツツは、まだアパルトヘイトが廃止されていない1988年に政府に向けてこう言っています。「あなたがたは既に負けている。我々はあなたがたをこちら側に、勝利の側に招待しよう。なぜならあなたがたが守っているものは悪だからだ」

 わたしはツツ司教の「あなたがたを勝利の側に招待する」という言葉が好きです。ツツ司教は、人種差別政策を継続しようとする人々に、あなたがた自身が実は囚われの身になってはいないか。共に「真理はあなたがたを自由にする」〈ヨハネ8:32〉という言葉に生きようではないかと呼びかけたのです。

 

2020年8月9日

                                    「荒廃の認識」 

                   〈エレミヤ書9章1~11節〉

 わたしたちは、二度と戦争をしてはならないと決意していますが、戦争を始めていなくても、「自国は今、正しい道を歩んでいるわけではない」との認識は、再び戦争を始めないために必要な認識ではないでしょうか。預言者エレミヤはそのことを鋭く今朝の箇所で問うています。

 今日は、75年前、長崎に原爆が投下された日です。今朝は皆さんと共に原爆が投下された時刻に黙とうをしたいと思います。

 残念ながら、今も核戦争の危機は存在しています。核兵器の廃絶は、軍備と戦争のない世界を望む者にとって火急の課題です。核兵器廃絶の可能性はないのか。わたしはあると思います。今朝は、ジョージ・ザベルカという従軍牧師の紹介をしたいと思います。

 1945年8月9日、カトリック教会の神父ジョージ・ザベルカはテニアンの米軍基地にいました。彼は米空軍の従軍牧師として働いていたのです。彼が日本に爆撃に行くB29のクルーの為に祈祷をするように言われ、そこに行くとアイルランドのクルーたちが居ました。ボックスカーのクルーは本来アメリカ兵たちでしたが、出撃直前にアイルランドのクルーに替えられ、カトリックの神父であった彼が呼ばれたのでした。ボックスカーに原爆のファットマンが搭載されていることはジョージ・ザベルカは知りませんでした。午前2時45分、ボックスカーはテニアンを離陸して午前11時2分に長崎に原爆を投下しました。

ジョージ・ザベルカは戦後しばらくアメリカの原爆投下は正しいことだと思っていました。しかし、

1984年に、彼は長崎に行き、「アメリカの原爆投下は間違えだった」と謝罪したのです。(彼が謝罪した集会は教会主催のものだったようですが、わたしはその記録を見つけていません)

 米国の世論は、まだまだ「広島と長崎に原爆を投下したことは正しかった」というものです。原爆を開発し、1970年代まで米核戦略チームの重鎮であったハロルド・アグニュー博士は広島を訪問し、こう言っています。「私は原爆の投下について絶対に謝罪しません。原爆を投下する方が簡単だった。たった一発ですからね。毎日毎日、空爆するより簡単だった。(被爆者の)お二人は生き残っただけで幸せですよ。死んだ人も大勢いるんだから」  

 一方、ジョージ・ザベルカが原爆投下について謝罪したのは、1960年代にマルチン・L・キングたちの公民権運動に参加するようになり「自国は正しい道を歩んでいるわけではない」と考え始めたことが彼に大きな影響を与えたようです。(George Zabelka “Blessing the Bombs”)

 今朝のエレミヤが言う「荒廃」は、人々に人間相互の関係を支配する崇高な理想~公正と信義が失われていることでした。G.ザベルカはこれに気が付いたのだと思います。

 

2020年8月2日

                               「水の上にパンを投げよ」 

                       〈コヘレトの言葉11章〉 

 今朝の箇所の冒頭〈11章1節〉は、口語訳聖書においては「水の上にパンと投げよ」と訳されています。「今していることは無駄だったということには決してならない」という意味の言葉で、皆に良く覚えられている言葉です。無駄とならないのは、そのパンを神が活かしてくださるからです。そのような信仰を表す言葉でもあります。

 今春は、『洗礼を受けるあなたに』の他にもう一冊の本を共同執筆し出版しました。憲法学者、弁護士、市民運動に携わる人々、キリスト者27名が共同して深瀬忠一という憲法学者の人と学問を紹介する本を書いたのです。今朝は深瀬先生の紹介をしながら、「水の上にパンを投げよ」との聖書の言葉を味わいたいと思います。

 深瀬先生は、1927年に生まれ、13歳の時に陸軍幼年学校に入学しました。敗戦の時(1945年)には陸軍士官学校の生徒でした。その後、東京大学法学部に入学して憲法を学び、1953年から1990年まで北海道大学法学部の教授として札幌に暮らし、敗戦後に浅野順一牧師から洗礼を受けた、熱心なキリスト者でもありました。

 今朝は深瀬先生が「平和的生存権」という概念を確立した一つの裁判を紹介します。それは恵庭事件と呼ばれている自衛隊が憲法違反であるか否かを問うたことで知られる裁判です。1962年12月、北海道の恵庭にある牧場の野崎健美さんと美晴さん兄弟は、乳量検査の日に隣接する陸上自衛隊演習場で実弾演習を続けたことに抗議して射撃号令を伝える通信線を自衛隊員の目の前でペンチで切断した。  1963年3月、野崎兄弟は自衛隊法121条にある「防衛の用に供するものを損壊」したとして起訴された。弁護団の主張は「自衛隊(法)は、憲法9条に反しており、効力を有しない」(効力の無い自衛隊法で野崎さん兄弟を起訴することはできない)というものであった。しかし、野崎健美さんは、弁護団の論の構成に違和感を持っていた。通信線の切断は乳牛牧場での生活を守るための行為である。自衛隊の行為から身を守るための正当防衛として通信線を切断したのであり、これは憲法が保障している正当な権利である。この野崎健美さんの主張を受け入れたのが弁護人の深瀬先生であり、ここから平和的生存権の主張が生み出されたのでした。

 憲法9条に明記され、イザヤ書2章で神が約束されている軍備と戦争のない世界は、現実味のない夢物語ではないと思います。平和に生きようとするわたしたちの不断の努力によって、戦争と軍備のない世界は必ず現実のものになる。それが、深瀬先生とわたしの信じるところであります。

 

2020年7月26日

                                       「難破した船で」 

                   〈使徒言行録27章27~44節〉

 航海物語は、わたしたちを惹きつけるものです。ギリシャ神話のオデッセイ物語、巨大な魚に飲み込まれるヨナの物語、ガリラヤ湖で嵐に会うイエスと弟子たち、十五少年漂流記、ロビンソン・クルーソー物語・・・・。海は命を脅かすほどの限りなく危険な場所であり、しかし、物語の主人公たちはなんとかぎりぎりのところで生きながらえます。わたしたちが航海物語に惹きつけられるのは、わたしたち自身が人生という海に翻弄されながらも、航海の旅を続けて行かなければならないからなのだと思います。

 使徒言行録には10の航海が記録されていますが、主語が「われわれ」となっている今朝の箇所は、著者がローマに向かうパウロの旅に同行していたことを示しています。

 パウロはローマで裁判を受ける為に護送されている囚人でありながら、2百数十人が乗っているこの船でリーダーシップを発揮し、ローマ兵を率いる百人隊長ユリウスはパウロを親切に扱い〈27:3〉、パウロの助言を受け入れ〈27:31〉、兵士たちが囚人たちを皆殺しにしようとするのを思いとどまらせて〈27:43〉います。嵐に翻弄される船の中に在って、パウロと百人隊長は共同して助かる道を探るのです。

 海の嵐は、神の手のうちにあります〈詩編95:5〉。パウロは、天使によって〈27:23〉自分自身が神の手のうちに在り、船にいる全員を助ける使命を負っていることを自覚しています。彼の使命とは「わたしたちは必ずどこかの島に~つまり、わたしたちが助かる場所に~打ち上げられる」〈27:26〉との希望を述べることです。

 パウロは、船で聖餐式を行います。イエスが行ったように彼はパンを取って神に感謝の祈りを捧げ、それを裂いて食べます〈27:35〉。嵐の中でそれが何の役に立つのか。「聖餐式とは、嵐の只中に分かち合われる神への信頼を示す食事である」(WHウィリモン)。

 助かるかどうか分からない嵐の船の中で行われた聖餐式と同様、わたしたちが教会で行う聖餐式も、わたしたちが嵐の中で、ただ神にのみ希望を抱いている印として、わたしたちが神を信頼しているという証としての式なのです。

 嵐の船の中で執り行われたこの奇妙な食事にはそのような意味があったのですが、それに参加した人々(ユダヤ人、ローマ兵たち)にはどうであったのか。わたしたちの聖餐式と同じく、何人かはただ空腹を満たす食事ではないことを理解したでしょう。 

 

2020年7月19日

                                 「正しい者も正しくない者も」

                  〈使徒言行録24章10~21節〉

 パウロはエルサレム教会に献金を渡す為に弟子のヤコブと会い、そうしているうちにユダヤ人たちに命を狙われます〈21:17~21〉。パウロが異邦人の間にいるユダヤ人たちに「子どもに割礼を施すな。慣習に従うな」〈21:21〉と言いふらしている、「民と律法とこの場所(エルサレムの神殿)を無視することを教えている」〈21:28〉というわけです。

 使徒言行録中、パウロは常に死の危険にさらされています。エルサレムではユダヤ人たちによる3回のパウロ殺害計画が記録されています〈21:31、23:12~15、25:3〉。パウロが命を長らえるのは、ローマ帝国の部隊長たちの働きによります。

 著者のルカは、「キリスト教はローマ帝国の法律に反することは無く、罪は犯していない」と使徒言行録全体によって主張したいのです。  それは千人隊長クラディウス・リシアの総督フェリクスへの手紙〈23:26~30〉で顕著に現れています。

 なぜ、そう書くことが必要だったのか。「著者ルカは、いったい誰に向けて使徒言行録を書いているのか」と設問してみることは有意義だと思います。

 著者ルカは、最初の教会の信徒たちに向けて書いているのです。つまり、ルカが言いたいのは、キリスト教会は、堂々とローマ帝国内で合法的に活動することができるのだということ。そして、キリスト者はファリサイ派のように〈23:8〉復活を信じる忠実なユダヤ教の一派であって、堂々とユダヤ人たちの間でも活動ができるということです。このルカの最初のキリスト者たちへの励ましが必要であることは、自

分がキリスト者であることを喧伝しようとは思わないわたしたちによく納得できることです。

 もうひとつ、パウロが総督フェリクスに弁明した今朝の言葉にある「正しい者も正しくない者もやがて復活するという希望を神に対して抱いている」〈24:15〉について。

 「復活する」  とは、「再び立ち上がる」という意味です。「希望を神に対して抱く」とは、「神が必ずそうして下さると信じている」という意味です。難問は「正しい」(デカイオーン)「正しくない」(アデコーン)という言葉です。これは無罪の者も有罪の者もという意味だと思います。罪であるか否かは、その社会・その時代の基準に拠るはずです。「神はその人が有罪であるか否かは問わずに、再び立ち上がらせて下さるとの希望を抱いている」と訳して良いと思います。 

 

2020年7月12日

                                           「命の回復」

                     〈 ホセア書14:2~8節〉

 紀元前8世紀の中頃からアモス、ホセア、イザヤ、ミカなどの預言者が相次いで登場し、彼らの言葉は記録され、保存されました。ホセアは、「最初の記述預言者」と呼ばれるアモスに次いで登場した、イスラエルがアッシリア帝国に滅ぼされるB.C. 722年直前の北イスラエルで活躍した預言者です。

 アモスとホセアはほとんど同時代に人ですが、この二人の性格と関心はまったく違ったものです。二人が共通する認識は、イスラエルの神からの離反ですが、アモスは社会正義と神の普遍性を強調し、ホセアは神の愛を掘り下げます。

 ホセアの家庭環境がそうさせたとも推測されていますが、ホセアにとって神とイスラエルは、夫と不倫する妻の関係なのです。

 エヒウ王がエズレルの谷で女王イゼベルを始めバアルの礼拝者を皆殺しにしたことがありました〈列王記下10章〉。アモスに言わせれば社会正義が回復したことになります。しかし、ホセアはこの虐殺事件について「エヒウの王朝は滅びるであろう」と非難をします〈1:4〉。

女王イゼベルが持ち込んだバアル礼拝とその祭司勢力は、イスラエルの信仰に脅威となったでしょう。

  〈2章〉においては、ホセアは神とイスラエルの関係を夫と妻の関係として描いています。バアルはイスラエルの恋人なのです。その恋人の魅力は、豊穣。「パンと水と羊の毛と麻と油と飲み物をわたしにくれる」〈2:5〉魅力なのです。ホセアにとってイスラエルの理想の状態とは、エジプトを脱出して荒野を彷徨い、神に求める時代でありました。ですから、ホセアは、彼にとって理想的なイスラエルの姿を示すために、〈11章〉に至って神とイスラエルの関係を父と子に例えています。〈11章8,9節〉は浅野順一という神学者は「旧約聖書の最も感動的な言葉のひとつ」と表現しています。

 この言葉は、ホセアの妻ゴメルに語った言葉でもあるのでしょう。どうあっても、「わたしはわたしの激しい怒りをあらわさない」

 はたして北イスラエルは、アッシリア帝国に滅ぼされ、歴史から姿を消しました。アモスの預言は現実のものとなりました。しかし、イスラエルへの神の愛は残りました。それはイエスのわたしたちへの贖いに示されているのです。

 

2020年7月5日

                                     「イエスが教えた祈り」 
                   〈ルカ福音書11章1~4節〉
 今朝は、わたしたちが親しんでいる「主の祈り」の解説です。マタイ福音書6章にもイエスが教えた祈りがあります 〈6:5~13〉。マタイ福音書では、祈りは短くて良いことが強調されています。今朝のルカ福音書では、どう祈ったらよいのか分からない弟子たちに祈りを教えたという話になっています。
 わたしたちがする祈りには、2つの種類があります。ひとつは、個人的な祈りです。神と自分だけの対話です。わたしたちは置かれている状況がそれぞれに違いますから祈りの内容が皆と同じ訳はありません。個人的な祈りは誰かに聞かれる必要もありません。 誰にも知られたくないことを、しかし、神様だけはご存知のことを、神様と対話することができるのが個人的祈りです。 詩編にも個人的な祈りがたくさん編集されています。例えば「わたしの神よ、なぜわたしをお見捨てになるのか」との言葉で始まる〈詩編22〉は、皆が集まる礼拝で読まれていますが、主語が「わたし」となっていて、その内容は神様との取っ組み合いと言っても良いほどの個人的な祈りです。
 もうひとつの祈りは、「公同(共同)の祈り」と呼ばれているものです。主の祈りもそのひとつです。わたしは「公同の」 という言葉の意味は、単に「礼拝中の」という意味ではないと思います。「公同の」という言葉の意味を再検討しなければならないと思います。この世に在る全ての人を代表して神の前に立つ意識が表明されたものが「公同の」という意味だと。
 主の祈りの主語に注目すると、「わたしたち」となっています。「わたしたち」とは誰か。
礼拝に集う人たちだけのことを言っているのではありません。例えば「わたしたちに必要な糧を毎日与えてください」という句があります。礼拝に集うわたしたちは、今、食が足りているかも知れません。しかし、この世に在る全ての人について言えばそうではありません。
 昨年7月のUNWFPの「世界の食料安全保障と栄養の現状」報告書によると、2018年は推計8億2000万人が十分な食料を得ることができませんでした。これは、2017年推計の8億1100万人から上昇し、世界の飢餓人口は3年連続で増加しています。世界規模では9人に1人の割合で餓死寸前の状態にあり、17秒に1人の割合で餓死しています。
 ですから、「わたしたち」が主語となっている主の祈りは、わたちたちの目を全世界に向けさせて、わたしたちに行動を促す祈りなのです。

2020年6月28日

                                        「水と霊による洗礼」 
                                    〈ヨハネ福音書3章22~30節〉
   今朝は、先週の箇所 「だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない」〈ヨハネ3:5〉という言葉の説明です。
 教会では、新たに生まれ変わるキリスト者になる為には水による洗礼が必要だとされています。しかし「洗礼」はそもそもキリスト教独自の儀礼ではありませんでした。
〈3:25〉に「清めのことで論争が起こった」と書かれてありますが、これはユダヤ教内の話です。洗礼はユダヤ教の大切な清めの為の儀式でありました。
 バプテスマのヨハネがした洗礼にはそれまでとは違う独自性がありました。「悔い改め」と結び付けたのです。彼の洗礼運動とは、悔い改め運動でもありました。
 しかし、それだけでは不十分でした。わたちたちがしっかりと神の方に向き直る(悔い改め)と同時に、神の働きが必要だったのです。
 彼らの文書(死海文書)が発見されたことで有名なユダヤ教のエッセネ派は、イエスやバプテスマのヨハネが一時属していたか、影響を与えられていたと考えられています。そのエッセネ派の文書に「儀式の水は人の外側は清めても、内側の人を清めるのは神の働きによる」と書かれたものがあります。
 全ての福音書が強調するのは、イエスが洗礼を受ける場面で、「聖霊が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降ってきた。すると、『あなたはわたしの愛する子、わが心にかなう者』という声が、天から聞こえた。」〈ルカ3:22、ヨハネ1:31等〉と書かれてあことです。洗礼を受けて新しく生まれ変わるときには聖霊の働きがあると強調しているのです。
 最初のキリスト教会、特にエルサレム教会は、ユダヤ教が大切にしていたものを軽視することがありま

せんでした。使徒言行録に書いてあるように、ただ一点、「あなたがたが信じて待望しているメシアは、あの十字架につけられたナザレのイエスだ」と言ったことだけが違っていましたが、律法を遵守して安息日を守り、割礼を行い、会堂でユダヤ教徒と一緒に礼拝をしました。そして、清めの為の洗礼も重視したのです。
 今朝の箇所は、バプテスマのヨハネのグループとイエスのグループ(キリスト教会)との関係が整理されていると同時に、新たに生まれ変わるのには、悔い改めというわたちたちの努力に加えて、神の働き、つまり聖霊の働きがあるのだと教えているのです。

2020年6月21日

                                         「新たに生まれる」 
                                    〈ヨハネ福音書3章1~15節〉
   今朝の箇所に登場するニコデモは、〈ヨハネによる福音書〉だけに登場するユダヤ人で、受難節の時に読んだように、イエスの処刑後は、使徒や他の弟子たちやアリマタヤのヨセフとともにイエスの遺体を引き取って埋葬しています。〈ヨハネ19:39〉
  〈ヨハネ7:51〉では、ユダヤ人指導者たちがイエスを非難する場で「我々の律法では、罪の証が無ければ裁かないではないか」と、彼を弁護しています。
 さて、今朝の箇所。ニコデモはファリサイ派で最高法院の議員でしたが、イエスに敬意を払っており、夜ひそかにイエスを訪れ、問答をします。ある註解書は、ニコデモを高い身分のためにイエスの弟子であることを公表できない勇気のない人物として解説をしていますが、そのことよりも、ヨハネ福音書の著者は、ニコデモを「イスラエルの教師=律法学者」〈3:10〉でありながら、教えの大切な点をよく理解できないでいる人物として描こうとしているのだと思います。今朝の箇所のテーマは、「新たに生まれ変わること」です。しかし、ニコデモはそのことを聞きに来たのではないようです。
 「神の国を見る」〈3:3〉「永遠の命を得る」〈3:15〉は、イスラエルの教師=律法学者たちの大切なテーマでした。ニコデモはこれに興味があったのです。ところがイエスは「人は新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」と言われるのです。何のために勉強しているのか。生まれ変わるためにではないのか、とイエスはニコデモに言うのです。
  たいていわたしたちは普段から新しく生まれ変わろうなどとは思っていません。そう思うとしたら、何か大きな失敗をして「このままではいけない」と痛感した時であろうと思います。そして、そこから立ち直るのには大変な苦痛を伴うものです。
  しかし、わたしたち人間は、新たに生まれることができる存在だということも出来ると言えます。どういう風になったら人は新たに生まれ変わることができるのでしょうか。今朝の箇所は、イエスによって新しく生まれ変わることができると言っています。
 「だれでも水と霊によらなければ」〈3:5〉と書かれてありますが、「霊」は先週お話したイエスの代わりに派遣された助け主・弁護者・慰め主(パラクレートス)ですね。
 わたしたちは、普段気が付かないかもしれませんが、イエスに出会うことによって、霊の働きによって、日々新たに生まれ変わっているのです。

2020年6月14日

                    「真理の霊」 
                      〈ヨハネ福音書14章8~17節〉        
    今朝の箇所にある「真理」という言葉は、ギリシャ語で「アレテー」という言葉ですが、古代ギリシャでは「アレテーとはなにか」がソクラテス、プラトン、アリストテレスなども絡んで探求されていました。勉強すればする程よく分からなくなりますが、結論は、アレテーとは「性能が良い状態」ということになると思います。例えば、スパルタ市民のアレテーは闘いに勝つこと。馬のアレテーは早く走ること等です。ソクラテスは「善く生きるとは、アレテーを身につけて生きることである」と言ったそうです。
   真理という言葉は、たしかに魅力的な言葉ではありますが、ポンテオピラトがイエスに出会って、この設問に行きついたように、「真理とは何か」という設問をされるとよく分からなくなります。
 ヨハネ福音書も、このギリシャ世界の大論争に参戦しています。そして、その結論は簡潔です。真理とはイエスです。真理はイエスを見れば分かる。
  今朝の箇所で説明しなければならないのは、聖霊についてです。イエスが天に上り、そして、弟子たちに聖霊が降った。神の業を証するために弟子たちが「的外れ」にならないために。
 〈14:26〉に「しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が」という言葉がありますが、ヨハネ福音書が言う「聖霊」は「助け主」(文語訳、口語訳)、そして、「弁護者」です〈14:16、14:26、15:26、16:7〉。
 それまでは、イエスが「罪人たち」に直接「あなたがたは罪人ではありませんよ」と言ってくれていた。イエスは弟子たちと共に居られた。しかし、イエスが天に昇り、今度はその役目を弟子たちが担わなければならない。 果たして自分たちの言動は、イエスから、そして神から的外れになっていないのであろうか。弟子たちにはこの不安が付き纏ったはずです。そこで、イエスは弟子たちに「父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる」〈14:16〉と言われます。
 「弁護者」の原語は、ギリシャ語でパラクレートスですが、これは今でいう弁護士のような働きをしていたようです。弁護者(パラクレートス)がする弁護の働きとは、わたしたちの弁護を神に対して行うと

いうことです。正教会訳は「慰め主」。わたしたちに向かっては慰めを与えてくれるのがパラクレートスだという理解です。「この方は真理の霊である」〈14:17〉。
聖霊の働きによって、わたしたちは、真理に向かって突き進んでいるのです。

2020年6月7日

                「天の神は聞いておられる」
                     〈詩編68篇6~11節〉  
  神は、そして、イエスの福音は、わたしたちに孤立と分断ではなく、共に生きる連帯への志しを与えてくださいます。
  〈ルカ4:16以下〉にはイエスが故郷のナザレの村で宣教を開始する場面で、イザヤ書を開いたことが書かれてあります。
イエスが開いた箇所は〈イザヤ書61章〉の最初の節であって、こう書かれてあります。
 「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主がわたしに油をそそがれたからである」
並行記事の〈マタイ〉〈マルコ〉は、イエスが「あれは大工の息子ではないか」と故郷の人々に受け入れられなかったことが強調されていますが、イザヤ書は引用されていません。
 おそらくルカ福音書の著者は、マルコ福音書の原型を読んだのでしょう。そして、「イエスはいったい聖書のどの箇所を読んだのだろうか?」と思ったのでしょう。ルカ福音書の著者は、イエスのガリラヤ宣教の内容を一言で言い表す為に前述のイザヤ書を選んだのでした。ルカ福音書が伝えるイエスは、貧しい者への配慮に満ちています。マタイ福音書が山上の説教でイエスが言われたと書く「心の貧しい人」ではありません。ルカ福音書のイエスはお金の無いことに注目をしているのです。
   今朝の箇所には、みなしご、やもめ、孤独な人、捕らわれ人が取り上げられています。これらの人々に共通する境遇は何か。わたしは、注目すべきはこれらの人たちが、孤立して分断されてしまっていることであると思います。
    これらの人たちがどんな大変な状況に在ったのか、2500年前の旧約聖書の時代について調べる必要はないと思います。孤立と分断は、今、起こっていることですから。
   わたしたちは、今、感染しても自覚症状がなく、感染経路が分からないために大変な恐怖を引き起こしている新型コロナウィルスの為に苦しめられています。

  「新しい生活様式」などと言っているばあいではありません。昨年度の統計で5660万人の雇用者のうち40%ほどを占める非正規雇用の方々はまっさきに職を失い、住む場所を失い、食事さえ十分に取ることができなくなり、そして、孤立しています。
   昨日、一人のベトナム人青年が帰国した記事を読みました。彼は日本語を勉強するために留学生として来日し、時給900円のアルバイトで生活をしていましたが、新型コロナウィルスの為に、外国人である彼がまっさきに首を切られました。所持金が1万円ほどしかなくなり、トイレで体を洗い、高架橋の下で寝ながら、なんとか各駅停車の電車を乗り継いでベトナム大使館に行き帰国の希望を伝えました。現在の日本は、「寄留者と共に主の恵みを喜び祝え」〈申命記26:11〉と命じた旧約聖書の時代にも劣ると言うべきです。
   わたしたちは「ほとんどの者が貧しい者とされている」という自覚が必要なのではないでしょうか。「わたしだけは、裕福に暮らしています」との言葉は、今自分たちがどのような状況に在るのか見えてはいない言葉なのでしょう。冒頭の〈ルカ4章〉の場面で、イエスが故郷の人々によって会堂からなぜ追い出されたのか。「貧しい人への福音」とは、自分に向けたものだとは思っていなかったからです。「わたしは貧しくもないし、目が見えないわけでもなく、牢屋に居るわけでもない」と、イエスを追い出したのでした。
 日露戦争の最中に、内村鑑三が書いた「かすかなる非戦」という短文があります。
 [非戦の声はかすかなり。されども、寡婦がその杖として頼む一人の男子を召集されし時に、彼女にかすかなる非戦の声揚がる。今や戦争は天下の世論なり。しかして世の文士と論客とは筆をそろえて戦争を謳歌す。この時にあたりてわれらキリストの福音を宣べ伝うる者は、天下幾多の寡婦に代わって、かすかなりといえども非戦の声を揚げざらんや。
 寡婦の声は地においては聞かれず。されども天においては神を動かすの力を有す。「聖き住まいにまします神は、孤児の父、寡婦の保護者なり」〈詩篇68:5〉。しかして天は地をゆすぶるものなれば、天に達する寡婦の声はついに地におこなわるるに至る。世の論士の説に耳を傾けずして、寡婦の声に聞いて政を執る政治家は幸いなるかな。」 
 わたしたちが貧しさの中にあるという自覚は、共に生きようとする自覚は、イエスが選び取ったような、そして、寡婦が非戦の声を挙げるような、孤立の道であるかもしれません。
 しかし、イエスは「貧しき人々は幸いである」と言っています。そして、「神の国はあなたがたのものである」と言っています〈ルカ6:20〉。貧しい人々の救済の問題ではなく、共に生きる連帯の問題であると言っているのです。神はわたしたちのかすかなる言葉を聴いてくださいます。そして地の基を震わせてくださいます。それを信じて歩みましょう。

2020年5月30日

                   「キリストのからだなる教会」
                  〈1コリント12章12~16節〉
 今日は、教会歴による聖霊降臨主日です。ユダヤ教の祭儀においては、過越しの祭りから50日目にこの日がやってきて、この日を五旬祭としてお祝いしたのです。
 ギリシア語で 50を意味する「ペンテコステ」という用語も使います。モーセによるユダヤ民族のエジプト脱出を記念する「過越しの祭」から 50日目に行われるユダヤ教の祝日。イエスの受難は過越しの祭りの時でした。
 〈使徒言行録2:1~ 42〉によれば、復活したイエスは弟子たちに「近いうちに聖霊が降る」ことを告げて〈使徒1:8〉、天に昇ります。その10日後、ユダヤ教の五旬祭の日に弟子たちとイエスの母や兄弟たち、イエスに従った女性たちが集まって祈っていると、激しい風のような音が聞こえ、天から炎のような舌が一人ひとりの上に分かれて降り、集まっていた信徒たちは聖霊に満たされ、さまざまな国の言葉で語り始めた。これが教会が始まった時の聖書の記録です。
  今朝は、パウロがギリシャにあるコリントの教会の信徒たちに宛てた手紙を読み、教会とはいったいどんなところなのかを皆さんと確認したいと思います。
 パウロがいう教会とは一言で言うと「キリストのからだなる教会」です。教会をからだに例えているわけです。体には違った役割をもったパーツ(部分)があります。パウロはその部分はお互いに「要らない」とは言えないと教会の人たちに説得をしています。おそらく、コリントの教会は、お互いに「おまえなど要らない」と言い合っていたのでしょう。
 今朝の箇所は、「パウロのすぐれた組織論」と言われています。このパウロの組織論は教会ばかりではなく、他の組織や社会全体に適用できるものだと思います。

 パウロは「ひとつの部分が苦しめばからだ全体が苦しむ」〈26節〉ような組織が教会であると言ったのですが、前述のように、これをわたしたちが属する教会以外の組織や社会に適用して考える必要があると思います。
 わたしたちが言う「隣人」とは教会員だけを言うのではありません。日本社会更には世界全体のことを視野に入れて、そこが「ひとつの部分が苦しめばからだ全体が苦しむ」ような組織であるか、検証する必要があると思います。
 〈使徒言行録2章〉にある教会が始まった時の記事は、まさに世界全体が視野に入っています。ユダヤ教の大切なお祭りである五旬祭にはディアスポラ(離散の民)と呼ばれる世界中に散らばるユダヤ人たちがエルサレムに集まっていたのでした。世界中から集まるのですから言葉も違います。〈4節〉には「ほかの国々の言葉で語り始めた」と書かれてあります。ところが、それらの人たちが一致して最初の教会を作ったのです。聖霊の働きとは、みんなを同じようにするということではなく、多様性はそのままに認めながら、皆を一致させるという働きです。何が一致したのでしょうか。イエスはメシア(救い主)であるという信仰が一致した、一人一人にキリストに生かされている喜びがあったのです。
 今朝の箇所は原語の多様性ではなく、からだのパーツの働きの多様性に注目をしています。目があり口があり、手があり、足があって初めてひとつのからだではないか、と言っているのです。
 そして、ここがパウロの組織論のとてもすぐれたところだと思うのですが、体の中ではほかよりも弱く見える部分がかえって必要だ〈22節〉と言うのです。
 この件は、具体的に言うと「コリントの町にある異教の神殿に献納された肉を食べるか、食べないか」の問題だったようですが、その問題は置いといて、パウロは要するに「教会においては信仰の弱い人はか

えって必要だ」と言っているのです。信仰が強ければ、この世の束縛から解き放たれて自由であろう、しかし、実際、その束縛から自由ではなく、その点について拘っている人がいるのだから、その人の声を聞けと言っているのです。8章を読むと、ここで言う「強い人、つまり、異教の神殿に備えられた肉だろうが肉は単なる肉、食べて構わないと思っている人」は「お前には知識がない」と「弱い人」を馬鹿にしていたようです。〈8:7以下〉パウロは、キリストはそのような人たちの為に死なれたのだと言い、〈12:1~3〉「わたしも肉は食べない」と態度を決するのです。〈8:13〉
   教会は面白い場所です。いろいろな意見の人が居ますが、聖霊の働きによって一致を見ているのです。

2020年5月24日

                 「私のもの、彼のもの」
                         〈雅歌2章10~17節〉
 牧師になって〈雅歌〉を礼拝説教で取り上げるのは始めてです。理由は説教の作りようがないからです。
 註解書は、「そもそも雅歌が聖書の中に含まれていること自体が緊急に説明を要する」「雅歌は、釈義上の離れ業を試す独特のチャンスを提供してくれる」と書いてありますが、会議や集会が中止されて時間の余裕ができたので、難問中の難問に取り組もうと思ったわけです。
 読んでみてお分かりにように、(20分もあれば雅歌の全部を読むことができると思います)〈雅歌〉に書かれてあることは全く非宗教的です。〈ヨブ記〉のような「なぜ正しい人が災難にあうのか」という深刻なテーマを見出すことはできず、〈箴言〉の「怠け者よ、蟻のところに行って見よ。その道を見て、知恵を得よ」〈6:6〉というような気の利いた格言も見当たりません。いきなり「どうかあの方が、その口づけをもって、わたしにくちづけしてくださるように」というようなダイレクトな言葉で始まるこの雅歌は、恋人たちが二人きりになるための場所を求め、欲求不満になり、二日酔いになってしまうというような記述が続き、心当たりがあって身につまされるのですが「どうしてこれが聖書に採用されたのだろうか」と思ってしまいます。 〈雅歌〉は、著作年代や作者が誰なのかは不明ですが、恋人同士の愛を歌う抒情詩のコレクションだったと言えます。そして、皆に歌い継がれていたのでしょう。カラオケで讃美歌を歌う人はあまりいませんが、演歌は人気であるように。
 しかし、単に「皆に人気があった」というだけでは、正典(信者が従うべき基準として確立されている文書)となった理由にはなりません。

なぜ雅歌が聖書の中に含まれるようになったのか

この設問は、「ここに登場する恋人たちとは誰なのか」という設問でもあります。
さまざまな解釈が試みられてきました。
ユダヤ教の釈義においては、伝統的に、恋人たちの情事で起きた出来事をイスラエルの歴史と結びつけようとしてきました。
中世の宗教改革期の聖書註解も「二人の恋人たちとは神とイスラエルだ」と解釈をしてきました。寓意的解釈(アレゴリー)です。この二人は、神とイスラエルが譬えられていると。
 しかし、雅歌に登場する恋人たちを、神とイスラエルを譬えていると解釈して読むのは、ちょっと無理が生じます。
「神とイスラエル(わたしたち人間)との関係は、恋人同士の関係のようなものである」と解釈して、そう読んでしまって良いのでしょうか。
 この問題にアンデルス・ニーグレンの作業を紹介するのは無駄ではないと思います。
A.ニーグレンは『アガペーとエロス』(1936)という本を書き、日本語で「愛」と訳されるアガペーとエロスという語について、アガペーは神の愛であり、エロスは人間同士の愛であると言い、アガペーとは無償のものであり、エロスとは求める愛であると書いています。
 雅歌に描かれる愛は求める愛ではないでしょうか。期待し、反応がなければ諦めるような愛、恋人同士の関係でしばしば生じる失恋は、関係の断絶を意味します。
 ところが、アガペーという言葉で示される神からの愛は、相手の反応がなくとも期待しつづけます。こちらから関係を断ち切ろうとしても関係を保ち続けようとします。

 ゲラサというところで悪霊にとりつかれた人がイエスに向かって「かまわないでくれ」〈マルコ5:7〉と言っても、イエスは彼と関係を取り続けようとする。それが神の愛であります。
 最後に、なぜ雅歌が正典として採用されたのかについてのわたしの解釈を述べたいと思いますが、わたしは正典採用の理由に「神の無関心」を見出したいと思います。
 フランスのシモーヌ・ヴェイユ(1909-1943)。哲学者としての彼女は、生前はまったく無名でした。彼女はイギリスで「ドイツに占領されているフランスの子どもたちは今リンゴさえ食べることができない」と言って食事をとることをせず、第2次世界大戦中に34歳で亡くなりました。それくらい彼女は弱者に対する同調を徹底した人でした。
  彼女は「本物の愛とは、なにがしかその人に対する無関心を含む」という言葉を残しています。人間同士の愛について語っているかのようで、彼女は神の愛についてこう語っているのです。恋人同士の情愛は、神の無関心という愛の中に育まれて、とても大切なものなのではないでしょうか。わたしは雅歌の正典採用の理由はここにあったのではないかと思うのです。

2020年5月17日

            「真理はあなたがたに自由を与える」
              〈ヨハネ福音書8章31~32節〉          
 この言葉は、なんともいい言葉だなあと思います。大学の図書館の壁や入り口になどにもよく見られる言葉です。永田町1丁目にある国立国会図書館のロビーの梁にもこの言葉が彫られています。
 1968年に今の国立国会図書館が建設された時に参議院議員であった羽仁五郎が提案して掘られた言葉のようですが、ここには、聖書の言葉をちょっと変えて「真理がわれらを自由にする」と彫られています。その横にはギリシャ語で同じ言葉が彫られてあるのですが、不思議なことにギリシャ語のほうは「われら」という言葉が、聖書に忠実に「あなたがたに」と彫られています。
 それくらい有名な言葉ですが、「真理」という言葉を今朝の箇所の文脈から読み取ると、イエスを指していることが分かります。
 昔の神学生の必読書であった浅野順一の『キリスト教概論』という本には、19世紀に活躍したデンマークの哲学者ゼーレン・キルケゴール(1813~1855)の紹介が延々とされていて、「キルケゴールは、真理には次元の相違があるということを見抜いた」と書かれてあります。
  「次元の相違」とは何でしょうか。この本の説明は魅力的です。この本では、16~17世紀に活躍した二

人のイタリア人、天文学者のガリレオ・ガリレイと修道士のジョルダー・ブルーノが取り上げられていま

す。

ガリレオ・ガリレイは、ご存知のように地球は太陽の周りを回っていると説く地動説を主張しますが、カトリック教会によって異端とされ、1633年にその説を放棄します。
一方ジョルダー・ブルーノは、コペルニクスの地動説(1542年)を擁護し、1600年に異端判決を受けますが、彼はその説を放棄しませんでした。彼はローマ市内の広場で処刑されます。
 地動説を擁護した二人。この二人の違いは何でしょうか。
 わたしは、二人の違いとは、G.ガリレイが主張したものは命を懸ける必要がない客観的真理であり、J.ブルーノが主張したものは命を、あるいは生き様を懸けて初めて示すことができる主体的真理であった。この違いだと思うのです。
 S.キルケゴールは「主体性こそ真理である」と言っているのですが、そこには彼の事情があります。裕福な暮らしを楽しむ上層階級を形成するデンマーク国教会への痛烈な批判が込められているのです。彼の哲学の魅力的なところは、ここです。彼の哲学と生涯は、弱い立場への同調と抑圧への嫌悪に満ちています。
 G.ガリレイはカトリック教会とは闘いませんでした。カトリック教会がなんと言おうと地球は太陽の周りを回っているからです。
 J.ブルーノはカトリック教会とたたかう必要がありました。処刑され、負け戦で真理を示そうとしたのです。イエスの十字架もそうであると思いますが、わたしは負け戦で示される真理というものがあるように思うのです。
 マルチン・ルターは1520年に「宗教改革の3大文書」と呼ばれる本のひとつである『キリスト者の自

 由』という本を書きました。
その最初の1ページにルターはこう書いています。
  「わたしは次のような二つの命題を掲げたい。
  (1) キリスト者は、万物を支配する自由な君主であって誰にも従属しない。
  (2) キリスト者は、万物に奉仕する僕であって誰にも従属する」
わたしは、(1)にある「自由」とはわたしたちの思想と精神を指していると思います。
そして、(2)にある「奉仕」とは、わたしたちの行いを指していると思います。Mルターは、本の中で「奉仕」について「天の父がキリストにより、わたしに無報酬で助けをもたらしているように(中略)わたしたちは隣人を助け、おのおの他人に対してはキリストとなるべきである」と書いています。
 ジョルダー・ブルーノは、ヨーロッパ中の大学で、天文学・数学・哲学を講じて思想と精神の自由に殉じた大学者であったとも言えますが、結局は、修道士として、その生涯は万人に仕えるイエス・キリストに倣う生涯であったと思うのです。
 イエスはわたしたちと共に在って、誰にも従属しない精神と思想の自由への確信を与えてくださいます。その一方、イエスはわたしたちに、全ての者に仕える道こそが神の救いを信じる者の道であることを示されるのです。

2020年5月10日

                  「あるものを数える」
                  〈マタイ福音書5章13~16節〉
 先週は、使徒と教会の使命はわたしたちに「ないもの」、すなわち、貧困と嘆きと望み、期待と渇求によってその使命が果たされるという話をしましたが、今日は「あるものを数える」という題でお話をしたいと思います。
 みなさんが「ああ、神様感謝します」と思うときは、どんな時でしょうか。交通事故に遭いそうになって事故に遭わずに済んだ時、「助かったぁ」と思い「神様感謝します」と言うかもしれません。でも、何か特別なことがあった時にではなく、何も特別なことが無い時に、普段通りの毎日に、神に感謝することがたくさんあるように思うのです。
 わたしは4年前、63歳の時に心筋梗塞という病気になりました。夜中に突然、バットで胸を叩かれたような痛みがあり、救急車で病院に運ばれました。
 わたしの毎日のお祈りは「今日も命を与えられて感謝いたします」という言葉で始まります。
これは、子どもの時からの習慣のようなお祈りの言葉でした。
心筋梗塞が起こって2週間後、無事に退院してから、「今日も命を与えられて感謝いたします」というお祈りの言葉はとても真剣なものになりました。
毎朝、目が覚めると「ああ、今日も生きて一日を始めることができる。ありがとう」と思うようになったのです。
 しかし、よく考えてみれば、わたしは心筋梗塞になる前の63年間ずっと心臓は働き続けていて、ずっと

神に命を与えられてきたのです。63年間、そのことを「本当にありがたい」と神に感謝していなかっただけの話です。神に与えられているものを数えて、それを感謝しましょう。感謝すべきものは限りなくたくさんあるはずです。

  〈マタイ福音書14章13節以下〉にイエスが5千人に給食する物語があります。

イエスと弟子たちが人里離れたところにいると、そこにたくさんの人々がイエスの話を聞こうと集まってきます。

 集会をしているうちに日が暮れてきました。弟子たちはイエスに言います。
「ここは人里離れた所で、もう時間もたちました。群衆を解散させてください」。
ところが、イエスは弟子たちに「行かせることはない。あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい」と言われます。
弟子たちは答えます。「ここにはパン5つと魚2匹しかありません」。
イエスは「それをここに持って来なさい」と言います。
 弟子たちは「しかありません」と言うのですが、イエスは「あるではないか」と言われるのです。
 弟子たちが「男だけで5千人の集会にパン5つと魚2匹ではどうしようもない」と思うのはあたりまえのように思います。しかし、イエスはそのパン5つと魚2匹を祝福して、群衆に与えます。〈20節〉には「すべての人が食べて満腹した」と書いてあります。
あなたにあるもの、即ち神に与えられているものを数えてみましょう。
 「こんなものではどうしようもない」と思われるかも知れません。
しかし、神は、あなたが「こんなものではどうしようもない」と思っているものを祝福して用いてくださ

います。そして、神はあなたが「こんなものではどうしようもない」と思っているものを用いて、即ち、あなたを用いて皆を満腹させられるのです。すばらしく充実した人生だと思いませんか?

 クリスチャンとして歩む時に、わたしたちは、この社会の常識とぶつかってしまうかもしれません。みんなが「当たり前だ」と思っている常識をひっくり返そうとすれば、ずいぶん勇気が必要です。でも、イエスの福音は、この社会をいろいろと解釈する為のものではありません。イエスの福音は、この社会を新しく変革する力を持っているのです。
 「わたしは勇気がないからダメだ」と思う必要はありません。「この日本社会でクリスチャンはたった1%しか居ない。がんばってもこの社会を変えられない」と思う必要もありません。
 イエスは〈マタイ福音書5章13節~16節〉で「あなたがたは地の塩。世の光である」と言われています。
「がんばって、地の塩、世の光になりなさい」と言っているのではありません。わたしたちがイエスを信じて歩んでいること、それ自体が、わたしたちの社会においてぴりっと味を利かせる、世の中を明るく照らす存在なのです。

20020年5月3日

     「キリストが建てられる教会」
                 〈ローマ信徒への手紙1章1~7節〉
  毎年、教会総会の直後の主日礼拝説教は、総会で決めた年間標語の聖書箇所の解説をしていますが、これについては、説教の最後に触れます。
 今朝は、パウロがローマの教会に書いた手紙の冒頭を読みます。ローマの教会は、歴史家のスエトニウスが、A.D.49頃にはローマにキリスト者が居たと書いています。
 パウロはどこで、いつ頃ローマの教会に手紙を書いたのか。
〈使徒言行録20章〉に「パウロは(中略)別れを告げてからマケドニア州へと出発した。そして、この地方を巡り歩き、(中略)ギリシャに来て、そこに3ヶ月を過ごした」〈1~3節〉と書いてありますが、「ギリシャ」とはコリントの街のことでしょう、パウロがローマの教会に手紙を書いたのは、この時、A.D.56年から57年初めまでの3ヶ月間コリント教会にいるときに手紙を書いたと考えて良いと思います。
 さて、今朝の箇所。パウロの手紙は当時の軍事郵便の形式、冒頭に○○発、〇〇宛と書く形式を持っていますが、発信人は単に「パウロから」とは書かずにずいぶん詳細に自己紹介されています。コリントやエペソ、ガラテアの教会とは違って、ローマの教会はパウロが建てた教会ではありませんでした。それで詳細な自己紹介をしているのでしょう。
 パウロは、自分は使徒であると自己紹介をしています。「使徒」という言葉は、後にイエスの12弟子に

 限って用いられるようになった用語ですが、イエスに会ったことはなく、12人の弟子の一人でもないパウロに対して「使徒ではない」という非難があったのでしょう。
パウロはそれを打ち消すように「自分には、誰からでもなく、ただ神から与えられた使徒としての使命がある」とここで書いているのです。
  K.バルトは1921年に『ロマ書講解』として知られる註解書を書いています。彼ははこの本で、パウロはあるものによってではなく、ないものによって使徒の役目を果たそうとしていると書いています。

   「むしろ彼が具有しないものによって、彼の貧困によって、彼の嘆きと望みないしは期待と渇求によって、すなわち彼の中にあって彼の視界と彼の力とを超える、ある他者を指向するすべてのものによって、益しうるのである。使徒というものはプラスの人間では     なく、マイナスの人間であり、そのような空洞を露呈する人間である」 
                                                             (K.バルト 『ローマ書』 吉村善夫訳 p.42)
 この言葉は、40年前、わたしが学校を卒業して牧師として歩みはじめた頃、心に刻んだ言葉でありますが、わたしは、この言葉は教会の使命-教会がこの世にどのような役割を果たすのかについても当てはまる言葉だと、今は、そう思っています。
 教会は、確かに、お金があり、りっぱな建物があり、印刷機等の設備が整い、優秀な人材が揃っていることは、ありがたいことかも知れませんが、教会は何によってその使命が果たされるのかというと、わたしたちに「ないもの」、すなわち、バルトの言う貧困と嘆きと望み、期待と渇求によってその使命が果たされるのだと思います。
 教会は、「彼の中にあって、彼の視界と彼の力とを超える力によって」、つまり、神の言葉と主イエ

ス・キリストの福音によって、その使命を全うすることができます。

 3週前の礼拝説教で、牧師のディートリッヒ・ボンヘッファーのことを紹介しました。彼は「教会は、これまで暴走する車に傷つけられた人に包帯を巻いてきたが、今や、暴走する車そのものを止めなければならない」と本の中で書いていますが、A.ヒトラー暗殺計画に加わり、逮捕されます。彼は、4月8日にそれまで収監されていたシェーンベルクの小学校の教室からフロッセンブュルク強制収容所に移送されることになり、その夜に急遽開かれた臨時法廷で死刑判決を受け、次の日の早朝に処刑されるのですが、フロッ

 センブュルク強制収容所に移送される時、一緒に投獄されていたイギリス人捕虜ペイン・ベストに、最後の言葉を残しています。
 この言葉については、いろいろな訳がありますが、D.ボンヘッファーの言葉に最も忠実だと思われるのは次の簡単な言葉です。「これが最後です。わたしには命の始まりです」(This is the end. For me the beginning of life)
 D.ボンヘッファーが「命」という言葉で伝えたかったことは、彼の貧困と嘆きと望み、期待と渇求、これに応えてくださる神であったと思います。
 パウロも、使徒として伝えたかったことは、自分自身ではなく、彼が死んでもなお残る神の約束の言葉、イエスの福音であったと思うのです。

2020年4月26日

 「イエスとその愛する弟子」

 〈ヨハネ福音書212025節〉

今朝も先週に続いてヨハネ福音書の21章を読みます。先週は簡単に「ヨハネ福音書は20章で完結し、21章は付録みたいなもの」と言って終わりましたが、21章のことをもう少し丁寧に説明すると、21章の著者は20章までの著者とは違う人です。いつ頃21章が付け加えられたのか、わかりませんが、その内容は、ペトロに対するイエスからの牧会の命令となっています。 

21章には、イエスとペトロそしてもう一人、不思議な人物が登場します。「イエスの愛しておられた弟子」〈2172120〉と書かれている人です。「イエスの愛しておられた弟子」は共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ)には登場しません。ヨハネ福音書にだけ、それもエルサレムの場面から登場する人です。一体誰なのでしょうか?

 一般的にはこの「イエスの愛しておられた弟子」は、イエスの弟子ヨハネだと考えられています。

共観福音書を読めば、ペトロ、ヨハネ、ヤコブの3人は、しばしば重要な場面でイエスに同行しています。例えば、〈マルコ92〉のイエスの変貌の記事、〈ルカ228〉のイエスが過越しの食事をする部屋を用意させる記事、〈ルカ851〉のイエスが会堂長ヤイロの娘を蘇らせる記事などです。

ところが、ヨハネ福音書には、この弟子ナンバー3の一人のようなヨハネの名前が登場しないのです。先週の箇所においても「ゼベタイの子たち(つまり、ヨハネとヤコブ)」〈212〉としか紹介されません。「イエスの愛しておられた弟子は、イエスの弟子ヨハネである」と考えられる第一の理由はこれです。ヨハネと書く代わりに「イエスの愛しておられた弟子」と書いたという訳です。

 もう少し、「イエスの愛しておられた弟子」がどう書かれているのか見てみましょう。

211519〉では、ペトロが「わたしの小羊を飼いなさい」と教会の指導を託されますが、この「イエスの愛しておられた弟子」には指導を託されてはいません。

1927〉では、イエスからイエスの母マリアを引き取って世話をするように託されています。

1323,25〉では、最後の晩餐の時イエスのすぐ隣で席に着き、「イエスの胸元によりかかって」と書かれています。

そして、〈1815〉ではイエスが大祭司のもとに連行された時、仲間として追及される危険がある大祭司の屋敷の庭に入ることが出来、〈1926〉イエスの十字架の真下に居ることができています。

わたしは、この「イエスの愛しておられた弟子」とは、女性なのではないかと思います。

 先程、「イエスの愛しておられた弟子はヨハネである」との解釈を紹介しましたが、「ヨハネではない」とする説もあります。主なものだけで9つほどありますが、その中のひとつに「イエスの愛しておられた弟子はマグダラのマリヤである」という説があります。
 この説を唱えるのは、2003年にダン・ブラウンが書いた推理小説の「ダヴィンチ・コード」が最初では

ありません。有名な15世紀末の壁画「最後の晩餐」の絵を見ると、イエスの右隣には女性が描かれているようにも見えます。レオナルド・ダヴィンチはこの弟子がマグダラのマリヤであると解釈していたのかも知れませんが、そう解釈したのは彼が最初でもないようです。 

さて、わたしは、21章はわたしたちが信仰者として、どのようにその道を歩んでいくべきかについて気付かされることがいくつかあるように思います。

 ひとつは今朝の箇所の前の段落に書かれてあることですが、イエスがペトロに「行きたくないところに連れていかれる」〈2120〉と言われる場面です。ペトロがこれからどんな道を歩むのかイエスが予告する箇所です。
 わたしは「行きたくないなあ」と思いながらそれが神様に示された道だと信じてそちらの道を選び、後で「この道で良かったのだ」と神様に感謝するという経験が何度かありました。
 もうひとつは〈2120〉でペトロが「イエスが愛しておられた弟子」のことが気になる場面です。

ペトロが「主よ、この人はどうなるのでしょうか?」と尋ねる場面です〈2121〉。身を案じるというよりは、身近であるが故の確執が感じられるペトロの言葉です。

すると、イエスは「それはあなたに関係ない」とペトロに応えます〈2122〉。
つまり、イエスは「あなたは、主があなたに示した道を歩めばそれで良い」と言われるのです。

2020年4月19日

              「弟子たちに会いに来たイエス」
                 〈ヨハネ福音書21章 1~14節〉
  今朝の箇所を読まれて別の聖書の箇所を思い出される方は多いと思います。
そうです。イエスがペトロたちを弟子とする場面です。一晩中漁をして、魚が一匹も取れずに岸に戻って来たペトロにイエスが「もう一度沖にこぎ出だして、漁をしなさい」と言わる場面です。ペトロはベテラン漁師です。一晩漁をして収獲がなかったのですから、ひよっこりやって来たイエスの言葉を無視してもよかったのです。しかしペトロは「お言葉ですから」と言ってイエスの言われるように舟の右側に網を下ろします。そうしたら、なんと大漁であったという話です。そして、イエスは言われます。「わたしについてきなさい。人間をとる漁師にしよう」〈マタイ5:19〉。つまり、〈マタイ福音書〉の最後の場面の言葉でいうと「だから、あなたがたは、行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」〈28:19〉と言われます。
 イエスがペトロたちを弟子とする場面は、たいてい福音書のはじめに書かれています。マタイ福音書では〈4章18~22節〉マルコ福音書では〈1章16~20節〉、ルカ福音書では〈5章1~11節〉
ところが、ヨハネ福音書ではイエスが十字架につけられて葬られた、その後の話となっています。ヨハネ福音書は今朝の箇所の前〈20章〉で一端閉じてますから、付録というべき箇所にあるのです。
 ガリラヤ。ガリラヤ湖畔はイエスの弟子たちの故郷でした。
イエスの十字架刑を目の当たりにして、「自分たちも裁判にかけられ殺されるかもしれない」と思った弟子たちが「逃げて安全に身を隠す場所はどこか」と考えた時に、当然、故郷のガリラヤを思いついたでしょう。過越しの祭りを終えた巡礼者たちの列に紛れて弟子たちは故郷に帰ったのでしょう。(弟子たちの故郷帰還を疑う学者たちもいますが、わたしは素直に聖書に書いてある通りとしたいと思います)

 ガリラヤに戻った弟子たち。彼らにとって、ガリラヤは逃げて身を隠すだけの場所だけであったかというとわたしは違うと思います。
わたしは、今朝の場面に弟子たちの宣教活動の熱情、あるいは決意を感じるのです。
たしかに暫くは、イエスの死は弟子たちにとって「不可解な死」(大貫隆)であったでしょう。しかし、遠藤周作は『キリストの誕生』という本の中で「母を裏切り続けた子が、その死んだ母をひたすら追慕するように」と表現していますが、イエスと共に歩き巡ったガリラヤで、イエスに出会い、彼のことを覚えている人たちに、エルサレムでの出来事を話たくなったのだと思います。エルサレムで自分たちが見捨てたイエスのことを、話したくなった。イエスを慕う思いが、彼らには残っていたのです。
 弟子たちは故郷の人たちに「おれたちはすごかった」というような自慢話をしたでしょうか。
ここが大切なところだと思うのですが、弟子たちは自分たちのエルサレムでの様子を故郷の人たちにつつみ隠さず話したのだと思います。イエスの十字架の時に、わたしたちはまったく良いところがなかった。無力であったと話したのだと思います。
ところが、イエスは十字架につけられて死にて葬らた後に三日目に蘇られた。
弟子たちの話の最後は、神の業を、無力なわたしたちに働かれる神の業を、証言して終わったのだと思います。

 弟子たちが故郷の人々にエルサレムでの出来事を話す場面、これは他の福音書においては冒頭に登場する「わたしについてきなさい。人間をとる漁師にしよう」〈マタイ5:19〉との言葉が実現した場面です。「だから、あなたがたは、行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」〈28:19〉とマタイ福音書の最後の場面でイエスが命じられた言葉が実現した場面です。
 およそ1年間くらいだと思いますがイエスに従ってガリラヤで宣教活動を続け、弟子たちは意気揚々とエルサレムに向かった。しばらくして彼らはまたガリラヤに戻って来た。しかし、リーダーのイエスは彼らの中には居ない。
 この時、弟子たちは「不可解であったイエスの死」ついて、劇的な理解を示します。
「いや、イエスはわたしたちと今も共に居られる」と、弟子たちは故郷の人たちに言ったのでしょう。
 このことが、イエスが再び弟子たちに会いに来られた話に表現されているのだと思います。弟子たちが立ち直り、神の国を宣べ伝える業が再開されたのです。
                     

2020年4月12日 説教要旨

                                「黄泉に下り」
                 〈ヨハネ福音書19章38~42節〉
   使徒信条には「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、黄泉に下り、三日目に死人のうちよりよみがえり」と告白されています。黄泉とは、『古事記』『日本書紀』に出てくる言葉ですが、 新約聖書中のギリシャ語は「ハデス」、旧約聖書中のヘブライ語は「シェオル」(Sheol)、漢文訳の聖書では「黄泉」と訳し、口語訳聖書も「黄泉」、新共同訳聖書では「陰府(よみ)」と訳されています。「ハデス」「シェオル」は、死人が行く地下にある場所と考えられていました。「地獄」(ギリシャ語でゲヘナ)とは違います。
 使徒信条にある「よみに下り」という告白の言葉は、イエスの「わたしたちと同じ人間であること」が徹底して告白されています。
   弟子たちは、神が十字架のイエスを最後の最後に救われると思ったかもしれません。「この世を救うメシアであるならば、神はイエスを放ってはおかれないだろう」と。しかし、神は沈黙し、何事も起こりませんでした。
     4つの福音書に記録される受難物語は、ガリラヤの宣教活動や奇蹟物語とは真逆に、無力であるイエスを描こうとしています。しかし、ガリラヤの宣教活動や奇蹟物語にではなく、受難物語に登場するイエスこそが、わたしたちの現実に近いのではないでしょうか。
 午後3時になってイエスは無力なるまま十字架の上で死なれます。福音書記者は、わたしたちに向き直り、こう言いたいのでしょう。汝人間たちよ。己の無力なることを知れ。イエスが黄泉に下った意味はここにあるのではないでしょうか。 
 わたしたちは、なにがしか有力であることを欲しているものです。すくなくともそのように見せたいものです。しかし、神は、このわたしたちの無力さに応えてくださるものなのではないでしょうか。今朝の箇所に登場するアリマタヤのヨセフとニコデモは、それを知っているひとだったのでしょう。アリマタヤのヨセフは「金持ち」〈マタイ27:57〉「身分の高い議員」〈マルコ23:50~51〉と書かれています。ニコデモは「ファリサイ派のサンヘドリンの議員」〈ヨハネ3:1~21、7:51〉 と書かかれています。  犯罪人の死体は、葬ることが許されず、そのままに放置されるべきものでしたが、この二人はたしかにこの世で有力であっても、神の前では無力であることを良く分かっていた人たちだったと思います。わたしたちの無力さに働かれる神の業を讃美しましょう。

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