「真理はあなたがたに自由を与える」
              〈ヨハネ福音書8章31~32節〉          
 この言葉は、なんともいい言葉だなあと思います。大学の図書館の壁や入り口になどにもよく見られる言葉です。永田町1丁目にある国立国会図書館のロビーの梁にもこの言葉が彫られています。
 1968年に今の国立国会図書館が建設された時に参議院議員であった羽仁五郎が提案して掘られた言葉のようですが、ここには、聖書の言葉をちょっと変えて「真理がわれらを自由にする」と彫られています。その横にはギリシャ語で同じ言葉が彫られてあるのですが、不思議なことにギリシャ語のほうは「われら」という言葉が、聖書に忠実に「あなたがたに」と彫られています。
 それくらい有名な言葉ですが、「真理」という言葉を今朝の箇所の文脈から読み取ると、イエスを指していることが分かります。
 昔の神学生の必読書であった浅野順一の『キリスト教概論』という本には、19世紀に活躍したデンマークの哲学者ゼーレン・キルケゴール(1813~1855)の紹介が延々とされていて、「キルケゴールは、真理には次元の相違があるということを見抜いた」と書かれてあります。
  「次元の相違」とは何でしょうか。この本の説明は魅力的です。この本では、16~17世紀に活躍した二

人のイタリア人、天文学者のガリレオ・ガリレイと修道士のジョルダー・ブルーノが取り上げられていま

す。

ガリレオ・ガリレイは、ご存知のように地球は太陽の周りを回っていると説く地動説を主張しますが、カトリック教会によって異端とされ、1633年にその説を放棄します。
一方ジョルダー・ブルーノは、コペルニクスの地動説(1542年)を擁護し、1600年に異端判決を受けますが、彼はその説を放棄しませんでした。彼はローマ市内の広場で処刑されます。
 地動説を擁護した二人。この二人の違いは何でしょうか。
 わたしは、二人の違いとは、G.ガリレイが主張したものは命を懸ける必要がない客観的真理であり、J.ブルーノが主張したものは命を、あるいは生き様を懸けて初めて示すことができる主体的真理であった。この違いだと思うのです。
 S.キルケゴールは「主体性こそ真理である」と言っているのですが、そこには彼の事情があります。裕福な暮らしを楽しむ上層階級を形成するデンマーク国教会への痛烈な批判が込められているのです。彼の哲学の魅力的なところは、ここです。彼の哲学と生涯は、弱い立場への同調と抑圧への嫌悪に満ちています。
 G.ガリレイはカトリック教会とは闘いませんでした。カトリック教会がなんと言おうと地球は太陽の周りを回っているからです。
 J.ブルーノはカトリック教会とたたかう必要がありました。処刑され、負け戦で真理を示そうとしたのです。イエスの十字架もそうであると思いますが、わたしは負け戦で示される真理というものがあるように思うのです。
 マルチン・ルターは1520年に「宗教改革の3大文書」と呼ばれる本のひとつである『キリスト者の自

 由』という本を書きました。
その最初の1ページにルターはこう書いています。
  「わたしは次のような二つの命題を掲げたい。
  (1) キリスト者は、万物を支配する自由な君主であって誰にも従属しない。
  (2) キリスト者は、万物に奉仕する僕であって誰にも従属する」
わたしは、(1)にある「自由」とはわたしたちの思想と精神を指していると思います。
そして、(2)にある「奉仕」とは、わたしたちの行いを指していると思います。Mルターは、本の中で「奉仕」について「天の父がキリストにより、わたしに無報酬で助けをもたらしているように(中略)わたしたちは隣人を助け、おのおの他人に対してはキリストとなるべきである」と書いています。
 ジョルダー・ブルーノは、ヨーロッパ中の大学で、天文学・数学・哲学を講じて思想と精神の自由に殉じた大学者であったとも言えますが、結局は、修道士として、その生涯は万人に仕えるイエス・キリストに倣う生涯であったと思うのです。
 イエスはわたしたちと共に在って、誰にも従属しない精神と思想の自由への確信を与えてくださいます。その一方、イエスはわたしたちに、全ての者に仕える道こそが神の救いを信じる者の道であることを示されるのです。

2020年5月10日

                  「あるものを数える」
                  〈マタイ福音書5章13~16節〉
 先週は、使徒と教会の使命はわたしたちに「ないもの」、すなわち、貧困と嘆きと望み、期待と渇求によってその使命が果たされるという話をしましたが、今日は「あるものを数える」という題でお話をしたいと思います。
 みなさんが「ああ、神様感謝します」と思うときは、どんな時でしょうか。交通事故に遭いそうになって事故に遭わずに済んだ時、「助かったぁ」と思い「神様感謝します」と言うかもしれません。でも、何か特別なことがあった時にではなく、何も特別なことが無い時に、普段通りの毎日に、神に感謝することがたくさんあるように思うのです。
 わたしは4年前、63歳の時に心筋梗塞という病気になりました。夜中に突然、バットで胸を叩かれたような痛みがあり、救急車で病院に運ばれました。
 わたしの毎日のお祈りは「今日も命を与えられて感謝いたします」という言葉で始まります。
これは、子どもの時からの習慣のようなお祈りの言葉でした。
心筋梗塞が起こって2週間後、無事に退院してから、「今日も命を与えられて感謝いたします」というお祈りの言葉はとても真剣なものになりました。
毎朝、目が覚めると「ああ、今日も生きて一日を始めることができる。ありがとう」と思うようになったのです。
 しかし、よく考えてみれば、わたしは心筋梗塞になる前の63年間ずっと心臓は働き続けていて、ずっと

神に命を与えられてきたのです。63年間、そのことを「本当にありがたい」と神に感謝していなかっただけの話です。神に与えられているものを数えて、それを感謝しましょう。感謝すべきものは限りなくたくさんあるはずです。

  〈マタイ福音書14章13節以下〉にイエスが5千人に給食する物語があります。

イエスと弟子たちが人里離れたところにいると、そこにたくさんの人々がイエスの話を聞こうと集まってきます。

 集会をしているうちに日が暮れてきました。弟子たちはイエスに言います。
「ここは人里離れた所で、もう時間もたちました。群衆を解散させてください」。
ところが、イエスは弟子たちに「行かせることはない。あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい」と言われます。
弟子たちは答えます。「ここにはパン5つと魚2匹しかありません」。
イエスは「それをここに持って来なさい」と言います。
 弟子たちは「しかありません」と言うのですが、イエスは「あるではないか」と言われるのです。
 弟子たちが「男だけで5千人の集会にパン5つと魚2匹ではどうしようもない」と思うのはあたりまえのように思います。しかし、イエスはそのパン5つと魚2匹を祝福して、群衆に与えます。〈20節〉には「すべての人が食べて満腹した」と書いてあります。
あなたにあるもの、即ち神に与えられているものを数えてみましょう。
 「こんなものではどうしようもない」と思われるかも知れません。
しかし、神は、あなたが「こんなものではどうしようもない」と思っているものを祝福して用いてくださ

います。そして、神はあなたが「こんなものではどうしようもない」と思っているものを用いて、即ち、あなたを用いて皆を満腹させられるのです。すばらしく充実した人生だと思いませんか?

 クリスチャンとして歩む時に、わたしたちは、この社会の常識とぶつかってしまうかもしれません。みんなが「当たり前だ」と思っている常識をひっくり返そうとすれば、ずいぶん勇気が必要です。でも、イエスの福音は、この社会をいろいろと解釈する為のものではありません。イエスの福音は、この社会を新しく変革する力を持っているのです。
 「わたしは勇気がないからダメだ」と思う必要はありません。「この日本社会でクリスチャンはたった1%しか居ない。がんばってもこの社会を変えられない」と思う必要もありません。
 イエスは〈マタイ福音書5章13節~16節〉で「あなたがたは地の塩。世の光である」と言われています。
「がんばって、地の塩、世の光になりなさい」と言っているのではありません。わたしたちがイエスを信じて歩んでいること、それ自体が、わたしたちの社会においてぴりっと味を利かせる、世の中を明るく照らす存在なのです。

20020年5月3日

     「キリストが建てられる教会」
                 〈ローマ信徒への手紙1章1~7節〉
  毎年、教会総会の直後の主日礼拝説教は、総会で決めた年間標語の聖書箇所の解説をしていますが、これについては、説教の最後に触れます。
 今朝は、パウロがローマの教会に書いた手紙の冒頭を読みます。ローマの教会は、歴史家のスエトニウスが、A.D.49頃にはローマにキリスト者が居たと書いています。
 パウロはどこで、いつ頃ローマの教会に手紙を書いたのか。
〈使徒言行録20章〉に「パウロは(中略)別れを告げてからマケドニア州へと出発した。そして、この地方を巡り歩き、(中略)ギリシャに来て、そこに3ヶ月を過ごした」〈1~3節〉と書いてありますが、「ギリシャ」とはコリントの街のことでしょう、パウロがローマの教会に手紙を書いたのは、この時、A.D.56年から57年初めまでの3ヶ月間コリント教会にいるときに手紙を書いたと考えて良いと思います。
 さて、今朝の箇所。パウロの手紙は当時の軍事郵便の形式、冒頭に○○発、〇〇宛と書く形式を持っていますが、発信人は単に「パウロから」とは書かずにずいぶん詳細に自己紹介されています。コリントやエペソ、ガラテアの教会とは違って、ローマの教会はパウロが建てた教会ではありませんでした。それで詳細な自己紹介をしているのでしょう。
 パウロは、自分は使徒であると自己紹介をしています。「使徒」という言葉は、後にイエスの12弟子に

 限って用いられるようになった用語ですが、イエスに会ったことはなく、12人の弟子の一人でもないパウロに対して「使徒ではない」という非難があったのでしょう。
パウロはそれを打ち消すように「自分には、誰からでもなく、ただ神から与えられた使徒としての使命がある」とここで書いているのです。
  K.バルトは1921年に『ロマ書講解』として知られる註解書を書いています。彼ははこの本で、パウロはあるものによってではなく、ないものによって使徒の役目を果たそうとしていると書いています。

   「むしろ彼が具有しないものによって、彼の貧困によって、彼の嘆きと望みないしは期待と渇求によって、すなわち彼の中にあって彼の視界と彼の力とを超える、ある他者を指向するすべてのものによって、益しうるのである。使徒というものはプラスの人間では     なく、マイナスの人間であり、そのような空洞を露呈する人間である」 
                                                             (K.バルト 『ローマ書』 吉村善夫訳 p.42)
 この言葉は、40年前、わたしが学校を卒業して牧師として歩みはじめた頃、心に刻んだ言葉でありますが、わたしは、この言葉は教会の使命-教会がこの世にどのような役割を果たすのかについても当てはまる言葉だと、今は、そう思っています。
 教会は、確かに、お金があり、りっぱな建物があり、印刷機等の設備が整い、優秀な人材が揃っていることは、ありがたいことかも知れませんが、教会は何によってその使命が果たされるのかというと、わたしたちに「ないもの」、すなわち、バルトの言う貧困と嘆きと望み、期待と渇求によってその使命が果たされるのだと思います。
 教会は、「彼の中にあって、彼の視界と彼の力とを超える力によって」、つまり、神の言葉と主イエ

ス・キリストの福音によって、その使命を全うすることができます。

 3週前の礼拝説教で、牧師のディートリッヒ・ボンヘッファーのことを紹介しました。彼は「教会は、これまで暴走する車に傷つけられた人に包帯を巻いてきたが、今や、暴走する車そのものを止めなければならない」と本の中で書いていますが、A.ヒトラー暗殺計画に加わり、逮捕されます。彼は、4月8日にそれまで収監されていたシェーンベルクの小学校の教室からフロッセンブュルク強制収容所に移送されることになり、その夜に急遽開かれた臨時法廷で死刑判決を受け、次の日の早朝に処刑されるのですが、フロッ

 センブュルク強制収容所に移送される時、一緒に投獄されていたイギリス人捕虜ペイン・ベストに、最後の言葉を残しています。
 この言葉については、いろいろな訳がありますが、D.ボンヘッファーの言葉に最も忠実だと思われるのは次の簡単な言葉です。「これが最後です。わたしには命の始まりです」(This is the end. For me the beginning of life)
 D.ボンヘッファーが「命」という言葉で伝えたかったことは、彼の貧困と嘆きと望み、期待と渇求、これに応えてくださる神であったと思います。
 パウロも、使徒として伝えたかったことは、自分自身ではなく、彼が死んでもなお残る神の約束の言葉、イエスの福音であったと思うのです。

2020年4月26日

 「イエスとその愛する弟子」

 〈ヨハネ福音書212025節〉

今朝も先週に続いてヨハネ福音書の21章を読みます。先週は簡単に「ヨハネ福音書は20章で完結し、21章は付録みたいなもの」と言って終わりましたが、21章のことをもう少し丁寧に説明すると、21章の著者は20章までの著者とは違う人です。いつ頃21章が付け加えられたのか、わかりませんが、その内容は、ペトロに対するイエスからの牧会の命令となっています。 

21章には、イエスとペトロそしてもう一人、不思議な人物が登場します。「イエスの愛しておられた弟子」〈2172120〉と書かれている人です。「イエスの愛しておられた弟子」は共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ)には登場しません。ヨハネ福音書にだけ、それもエルサレムの場面から登場する人です。一体誰なのでしょうか?

 一般的にはこの「イエスの愛しておられた弟子」は、イエスの弟子ヨハネだと考えられています。

共観福音書を読めば、ペトロ、ヨハネ、ヤコブの3人は、しばしば重要な場面でイエスに同行しています。例えば、〈マルコ92〉のイエスの変貌の記事、〈ルカ228〉のイエスが過越しの食事をする部屋を用意させる記事、〈ルカ851〉のイエスが会堂長ヤイロの娘を蘇らせる記事などです。

ところが、ヨハネ福音書には、この弟子ナンバー3の一人のようなヨハネの名前が登場しないのです。先週の箇所においても「ゼベタイの子たち(つまり、ヨハネとヤコブ)」〈212〉としか紹介されません。「イエスの愛しておられた弟子は、イエスの弟子ヨハネである」と考えられる第一の理由はこれです。ヨハネと書く代わりに「イエスの愛しておられた弟子」と書いたという訳です。

 もう少し、「イエスの愛しておられた弟子」がどう書かれているのか見てみましょう。

211519〉では、ペトロが「わたしの小羊を飼いなさい」と教会の指導を託されますが、この「イエスの愛しておられた弟子」には指導を託されてはいません。

1927〉では、イエスからイエスの母マリアを引き取って世話をするように託されています。

1323,25〉では、最後の晩餐の時イエスのすぐ隣で席に着き、「イエスの胸元によりかかって」と書かれています。

そして、〈1815〉ではイエスが大祭司のもとに連行された時、仲間として追及される危険がある大祭司の屋敷の庭に入ることが出来、〈1926〉イエスの十字架の真下に居ることができています。

わたしは、この「イエスの愛しておられた弟子」とは、女性なのではないかと思います。

 先程、「イエスの愛しておられた弟子はヨハネである」との解釈を紹介しましたが、「ヨハネではない」とする説もあります。主なものだけで9つほどありますが、その中のひとつに「イエスの愛しておられた弟子はマグダラのマリヤである」という説があります。
 この説を唱えるのは、2003年にダン・ブラウンが書いた推理小説の「ダヴィンチ・コード」が最初では

ありません。有名な15世紀末の壁画「最後の晩餐」の絵を見ると、イエスの右隣には女性が描かれているようにも見えます。レオナルド・ダヴィンチはこの弟子がマグダラのマリヤであると解釈していたのかも知れませんが、そう解釈したのは彼が最初でもないようです。 

さて、わたしは、21章はわたしたちが信仰者として、どのようにその道を歩んでいくべきかについて気付かされることがいくつかあるように思います。

 ひとつは今朝の箇所の前の段落に書かれてあることですが、イエスがペトロに「行きたくないところに連れていかれる」〈2120〉と言われる場面です。ペトロがこれからどんな道を歩むのかイエスが予告する箇所です。
 わたしは「行きたくないなあ」と思いながらそれが神様に示された道だと信じてそちらの道を選び、後で「この道で良かったのだ」と神様に感謝するという経験が何度かありました。
 もうひとつは〈2120〉でペトロが「イエスが愛しておられた弟子」のことが気になる場面です。

ペトロが「主よ、この人はどうなるのでしょうか?」と尋ねる場面です〈2121〉。身を案じるというよりは、身近であるが故の確執が感じられるペトロの言葉です。

すると、イエスは「それはあなたに関係ない」とペトロに応えます〈2122〉。
つまり、イエスは「あなたは、主があなたに示した道を歩めばそれで良い」と言われるのです。

2020年4月19日

              「弟子たちに会いに来たイエス」
                 〈ヨハネ福音書21章 1~14節〉
  今朝の箇所を読まれて別の聖書の箇所を思い出される方は多いと思います。
そうです。イエスがペトロたちを弟子とする場面です。一晩中漁をして、魚が一匹も取れずに岸に戻って来たペトロにイエスが「もう一度沖にこぎ出だして、漁をしなさい」と言わる場面です。ペトロはベテラン漁師です。一晩漁をして収獲がなかったのですから、ひよっこりやって来たイエスの言葉を無視してもよかったのです。しかしペトロは「お言葉ですから」と言ってイエスの言われるように舟の右側に網を下ろします。そうしたら、なんと大漁であったという話です。そして、イエスは言われます。「わたしについてきなさい。人間をとる漁師にしよう」〈マタイ5:19〉。つまり、〈マタイ福音書〉の最後の場面の言葉でいうと「だから、あなたがたは、行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」〈28:19〉と言われます。
 イエスがペトロたちを弟子とする場面は、たいてい福音書のはじめに書かれています。マタイ福音書では〈4章18~22節〉マルコ福音書では〈1章16~20節〉、ルカ福音書では〈5章1~11節〉
ところが、ヨハネ福音書ではイエスが十字架につけられて葬られた、その後の話となっています。ヨハネ福音書は今朝の箇所の前〈20章〉で一端閉じてますから、付録というべき箇所にあるのです。
 ガリラヤ。ガリラヤ湖畔はイエスの弟子たちの故郷でした。
イエスの十字架刑を目の当たりにして、「自分たちも裁判にかけられ殺されるかもしれない」と思った弟子たちが「逃げて安全に身を隠す場所はどこか」と考えた時に、当然、故郷のガリラヤを思いついたでしょう。過越しの祭りを終えた巡礼者たちの列に紛れて弟子たちは故郷に帰ったのでしょう。(弟子たちの故郷帰還を疑う学者たちもいますが、わたしは素直に聖書に書いてある通りとしたいと思います)

 ガリラヤに戻った弟子たち。彼らにとって、ガリラヤは逃げて身を隠すだけの場所だけであったかというとわたしは違うと思います。
わたしは、今朝の場面に弟子たちの宣教活動の熱情、あるいは決意を感じるのです。
たしかに暫くは、イエスの死は弟子たちにとって「不可解な死」(大貫隆)であったでしょう。しかし、遠藤周作は『キリストの誕生』という本の中で「母を裏切り続けた子が、その死んだ母をひたすら追慕するように」と表現していますが、イエスと共に歩き巡ったガリラヤで、イエスに出会い、彼のことを覚えている人たちに、エルサレムでの出来事を話たくなったのだと思います。エルサレムで自分たちが見捨てたイエスのことを、話したくなった。イエスを慕う思いが、彼らには残っていたのです。
 弟子たちは故郷の人たちに「おれたちはすごかった」というような自慢話をしたでしょうか。
ここが大切なところだと思うのですが、弟子たちは自分たちのエルサレムでの様子を故郷の人たちにつつみ隠さず話したのだと思います。イエスの十字架の時に、わたしたちはまったく良いところがなかった。無力であったと話したのだと思います。
ところが、イエスは十字架につけられて死にて葬らた後に三日目に蘇られた。
弟子たちの話の最後は、神の業を、無力なわたしたちに働かれる神の業を、証言して終わったのだと思います。

 弟子たちが故郷の人々にエルサレムでの出来事を話す場面、これは他の福音書においては冒頭に登場する「わたしについてきなさい。人間をとる漁師にしよう」〈マタイ5:19〉との言葉が実現した場面です。「だから、あなたがたは、行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」〈28:19〉とマタイ福音書の最後の場面でイエスが命じられた言葉が実現した場面です。
 およそ1年間くらいだと思いますがイエスに従ってガリラヤで宣教活動を続け、弟子たちは意気揚々とエルサレムに向かった。しばらくして彼らはまたガリラヤに戻って来た。しかし、リーダーのイエスは彼らの中には居ない。
 この時、弟子たちは「不可解であったイエスの死」ついて、劇的な理解を示します。
「いや、イエスはわたしたちと今も共に居られる」と、弟子たちは故郷の人たちに言ったのでしょう。
 このことが、イエスが再び弟子たちに会いに来られた話に表現されているのだと思います。弟子たちが立ち直り、神の国を宣べ伝える業が再開されたのです。
                     

2020年4月12日 説教要旨

                                「黄泉に下り」
                 〈ヨハネ福音書19章38~42節〉
   使徒信条には「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、黄泉に下り、三日目に死人のうちよりよみがえり」と告白されています。黄泉とは、『古事記』『日本書紀』に出てくる言葉ですが、 新約聖書中のギリシャ語は「ハデス」、旧約聖書中のヘブライ語は「シェオル」(Sheol)、漢文訳の聖書では「黄泉」と訳し、口語訳聖書も「黄泉」、新共同訳聖書では「陰府(よみ)」と訳されています。「ハデス」「シェオル」は、死人が行く地下にある場所と考えられていました。「地獄」(ギリシャ語でゲヘナ)とは違います。
 使徒信条にある「よみに下り」という告白の言葉は、イエスの「わたしたちと同じ人間であること」が徹底して告白されています。
   弟子たちは、神が十字架のイエスを最後の最後に救われると思ったかもしれません。「この世を救うメシアであるならば、神はイエスを放ってはおかれないだろう」と。しかし、神は沈黙し、何事も起こりませんでした。
     4つの福音書に記録される受難物語は、ガリラヤの宣教活動や奇蹟物語とは真逆に、無力であるイエスを描こうとしています。しかし、ガリラヤの宣教活動や奇蹟物語にではなく、受難物語に登場するイエスこそが、わたしたちの現実に近いのではないでしょうか。
 午後3時になってイエスは無力なるまま十字架の上で死なれます。福音書記者は、わたしたちに向き直り、こう言いたいのでしょう。汝人間たちよ。己の無力なることを知れ。イエスが黄泉に下った意味はここにあるのではないでしょうか。 
 わたしたちは、なにがしか有力であることを欲しているものです。すくなくともそのように見せたいものです。しかし、神は、このわたしたちの無力さに応えてくださるものなのではないでしょうか。今朝の箇所に登場するアリマタヤのヨセフとニコデモは、それを知っているひとだったのでしょう。アリマタヤのヨセフは「金持ち」〈マタイ27:57〉「身分の高い議員」〈マルコ23:50~51〉と書かれています。ニコデモは「ファリサイ派のサンヘドリンの議員」〈ヨハネ3:1~21、7:51〉 と書かかれています。  犯罪人の死体は、葬ることが許されず、そのままに放置されるべきものでしたが、この二人はたしかにこの世で有力であっても、神の前では無力であることを良く分かっていた人たちだったと思います。わたしたちの無力さに働かれる神の業を讃美しましょう。

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